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マイアミの広い空へ飛び立つ勇気はアトピー克服体験が与えてくれた
アメリカ合衆国フロリダ州マイアミ市在住 中嶋恭子さん

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中学生のときアトピー性皮膚炎を発症した中嶋恭子さん。就職後に悪化した症状は、彼女を退職まで追い込みました。度重なる離脱症状も、持ち前の明るい性格とポジティブな意志で乗り越えて、温泉湯治開始後約2年でアトピーを克服。その後アメリカへ語学留学し、現地で知り合ったアメリカ人男性と結婚。留学を志した動機や苦労、現在の生活や両親への想いなど、克服後の恭子さんの12年間を振り返ります。

中嶋恭子さんのアトピー克服体験

克服に要した年数:約2年

14歳の頃

アトピー発症。ひじの内側とひざの裏側に炎症が出て、皮膚科でもらったステロイドを塗っていた。

中学・高校時代

バレーボールや陸上部で活躍。汗をかいてかゆくなったり冬場にかさつきが出るたび、ステロイドを塗るのが習になっていた。

就職後

  • 短大時代から就職して数カ月間は薬がいらない状態に。しかし、会社の人事異動をきっかけに以前は出なかった顔を中心に炎症が広がる。
  • ステロイド剤の副作用を知り、ステロイド剤を断一つ。一週間ほどで離脱症状が現れる。
  • 様々な治療を試すが、症状は改善せず、「仕事をしているときも、顔が落ちてくるんじゃないかと思うくらい熱くて重たい」状態に。忍耐も限界に達した時期に、あとぴナビの自宅温泉湯治を知り、会社を辞めて治療に専念する。

1995年4月

温泉湯治開始。ステロイド中止による離脱症状が出る。顔から首にかけてひどい炎症でおおわれ、熱を持って重たい感じがつきまとっていた。

1995年6月

湯治開始後、一番辛かった時期。離脱症状は続き、かゆみで眠れない日が多かった。

1995年8~10月

夏には激しかった離脱症状を超え、見違えるほどきれいに回復。しかし、秋になり気温が下がり始めると、2度目の離脱症状が出る。

1996年3月

温泉湯治開始から1年経過。顔の一部に発疹や炎症が見られる程度まで回復。この後半年ほどは、部分的な離脱症状を繰り返していた。

1996年8月

社会復帰が可能なほど良好な状態に回復。フルタイムのアルバイトに挑戦する。自信をつけて、同年12月には再就職。

1997年6月

社会復帰を果たして半年以上が経過。かゆみや炎症はまったく出ない状態が持続するほどまで回復。

英語をもっと学びたい、世界をもっと広げたい

アメリカ合衆国フロリダ州の南端に位置するマイアミ市。リゾート地として知られる開放感あふれるこの土地に、こんがりと日焼けした小麦色の肌が印象的な、一人の日本人女性が住んでいます。語学留学を志して単身で渡米した中嶋恭子さんは、2002年に知り合ったシカゴ出身男性とゴールイン。現在は2匹の愛犬とともに、幸せな家庭を築いています。ピカピカの肌と満面の笑顔が魅力的な恭子さん、こんな彼女が10数年前に、激しい離脱症状を繰り返すほどひどいアトピー性皮膚炎だったなんて、誰も想像できないでしょう。

自宅のお庭。ガーデニングにも夢中です。

「アトピーが治って、マイアミに住んでいた従姉妹を訪ねたことがあります。そこで2カ月間すごしても症状をぶり返すことがなかったので、自信がつきました。ずっと続けていた英会話の力をもっと伸ばしたかったことと、他の世界を体験し、自分の世界をもっと広げたいという気持ちが強かったことから渡米を決心しました」

もともと好奇心旺盛で、チャレンジ精神たくましい恭子さん。でも、女性一人での渡米留学となると、ご両親も心配されたことでしょう。

「両親は猛反対でした。でもあの頃は、『私の人生なんだから、私の好きにさせてよ!』と思っていました。ずいぶん自分勝手なものです。そのときは結局、母が了解してくれて、父親を説得してくれました」

渡米の2週間ほど前、恭子さんに異変が起きています。回復後ほとんど再発することのなかったアトピーの症状が顔に出てしまいました。住みなれた土地を離れる緊張感からでしょうか?マイアミには従姉妹が住んでいるとはいえ、一人旅立つことのプレッシャーの大きさは想像に難くありません。それでも恭子さんはキャンセルや延期を考えず、勇気ある一歩を踏み出しました。

ストレスに負けない精神力はアトピー克服体験のおかげ

「症状が顔に出たままでのスタートでした。もうその頃は、ストレスの塊だったのでしょうね。マイアミの語学学校に通い始めましたが、最初は友達が一人もいないし、クラスでもなかなか積極的に話しかけられない自分がいました」。

新しい環境に慣れないことと孤独感で、症状が悪化していった恭子さん。そんな状態から抜け出す手助けをしてくれたのは、恭子さんをとりまく新しい人間関係でした。

「最初に一人お友達ができたんです。そうするとそこから輪が広がって、友達がどんどん増えていきました。私の顔の症状なんか全く気にせずに、みんなが接してくれたことが何よりうれしかった。これで気が晴れたのか、2カ月後にはすっかり症状が出なくなりました」。

渡米当初、恭子さんは学校の寮に住んでいました。食事もお風呂も生活スタイル全般において日本とは勝手が違う環境、さらに文化も言葉も異なる人々に囲まれた生活を始めるわけですから、どんな人でも大きなストレスを感じるはず。恭子さんも症状をぶり返してしまいましたが、たった2カ月で持ち直すことができました。これほど大きなストレスも跳ね返す恭子さんの精神力には、どんな秘密があるのでしょう?

「2年間じっくり湯治をして、アトピーを克服できた体験が大きいです。あれ以来、少々のことではくじけなくなりました。何か壁にぶつかっても、『あれだけ辛く長い時期を乗り越えたんだから、今回だってきっと大丈夫!』と思えることが多くあります」

気持ちを強く持てるようになった分、心にも余裕が生まれます。恭子さんは、アトピーから「人の立場に立って考えること」も学びました。さらに、ストレスが体に与える影響にも注意を払えるようになりました。十数年前、恭子さんのアトピー性皮膚炎が急激に悪化した原因は、職場の人間関係でした。マイアミに来てからも、こんなエピソードがありました。

「事務職の仕事をしていた頃、そこのオフィスには私と女性のボス二人だけ。彼女は仕事を離れるととてもいい人なのですが、仕事中はいつもピリピリしていました。すごく居心地が悪くて、気がつくと右の頬に赤いポツポツが出始めました。ところが、彼女が1週間出張に出かけると、その間にすっかり症状が消えたんです。精神面がアトピーに及ぼす影響は大きいのだなぁと再確認しました。以来、どんなときも気持ちをゆったりと持つことを心がけています」

今の私が幸せに暮らしているのは家族のおかげだとしか言いようがありません

友人宅で。エキゾチックなインテリアがステキでした。

2002年4月2日。この日は恭子さんとご主人アンディーさんの結婚記念日です。ご主人はシカゴ生まれのアメリカ人。ミュージシャンでドラムやパーカッションを演奏します。二人の馴れ初めを聞いてみると、「学校の先生を通して知り合いました」と少々控えめな返事。お二人はすぐに意気投合しましたが、大変だったのはやはりご両親を説得することでした。

「最初は反対されました。両親にしてみたら、遠く離れた場所にいて、何か起きたときに何もしてあげられないという理由だったようです。私は、自分の気持ちを相手に面と向かって伝えるのが苦手なほう。両親と電話で話しても感情的になり、言いたいことが伝えられないことがしょっちゅうでした。だから、自分の正直な気持ちを手紙に書いて送りました」。

恭子さんが自分の思いの丈をしっかり綴った手紙は、ご両親の心にしっかり届きました。ご両親は恭子さんに、こんな一言を贈ってくれたのです。

「恭子の幸せが、私たちの幸せだと思うことにします」

ご両親からの温かい返事を受け取った恭子さんは、うれしさと同時に、自身に対して「なんて親不孝な娘なんだろう」と心を痛めます。温泉湯治でアトピーを克服して以来、恭子さんのご両親、家族に対する感謝の気持ちは並大抵のものではありません。

ご主人のライブ風景。この日はパーカッション担当です。

「今の私がこうして幸せに毎日を暮らしているのは、家族のおかげだとしか言いようがありません。『温泉湯治でアトピーを治したい』という私と一緒に、藤沢のオムバスまで行ってくれた両親。仕事を辞めて湯治に専念することを理解してくれ、『大丈夫、お金のことは何も心配せんでいいから、恭子は湯治に集中して治すことだけを考えればいいから』と言ってくれた両親。家族の協力、そして支え、存在なしでは、今の私はありません。
皆には感謝しても感謝しきれないと思っています。皆のおかげで健康な体を取り戻し、当たり前に生活できることがどんなに素晴らしいものかと再確認できました」

マイアミでめぐり会ったパートナーと生活を共にしていく人生を選んだ恭子さんの決心は、悔いの残るものではありません。しかし、頻繁に日本に帰れない現実を考えると、ご両親への複雑な思いは、決して言葉で言い表せるものではありません。

最近は料理に夢中!「だし巻卵」が大人気です

犬たちとの散歩は毎日の日課です。

恭子さんの毎日は、ご主人と2匹の犬LittleBean、Coltraneを連れての散歩から始まります。散歩から帰ると、恭子さんが家の掃除、アンディーさんが朝食をして、夕方からは、職場の日本食レストランへと向かいます。「結婚してからは、ずっとマイアミビーチの日本食レストランで働いています。オーナーは日本人、他のウエイトレスも日本人でいい人ばかり、シェフにはインドネシア人、アルゼンチン人、キューバ人、ハイチ人と人種は様々ですが、皆いい人ばかりで仕事が楽しいです。私は人と話すことが大好きです。仕事を離れると人見知りもするのですが、仕事では知らない人にでもガンガン話しかけられます。仕事を通じて仲良くなって、友達になったお客さんもいるんですよ」恭子さんが最近はまっているのは料理。インターネットで美味しそうなレシピを見つけては作っているそうです。「休みの日にはよく、夫婦で友達の家に招待されて一緒に食事をするのですが、私が作った食事も持ち寄ります。美味しそうに食べてくれると、嬉しいものですねぇ。ちなみに私の作った『だし巻卵』は大人気です!」

今の私が幸せに暮らしているのは家族のおかげだとしか言いようがありません

アトピー克服のために大切なこと

持ち前の朗らかで人当たりのよい性格、人一倍の好奇心と行動力で、アトピー克服後も前向きに未来を切り開いてきた恭子さん。そんな彼女に、アトピーを克服するために大切なことを聞いてみました。

  • 家族の協力
  • 信じる力
  • つらいときには大泣きして、溜め込まないこと

つらい時期を乗り切るにはどうしたらいいですか?という質問にはこう答えてくれました。「温泉湯治を通じて知り合った友達がいて、彼女とは毎日ファックスで手紙を交換しました(あの頃はメールなんてなかったので)。交換したのは、悩みだったり、どんな本が面白かったとかの報告だったり、励まし合ったり、とても楽しかったです。つらい時期も、愚痴を言いながら励まし合って、そして元気をもらって乗りきれた気がします。
そして『湯治の声』(あとぴナビの前身誌)に掲載された克服者の方々の事例を何度も何度も読み返しました。くじけそうになったとき、温泉に浸かり泣きながら、「自分だっていつかはアトピーフリーの体になるんだ!」とどん底に落ちた自分を立ち直らせてくれた『湯治の声』に感謝です!」

マイアミの青い空、優しそうな旦那さま、愛らしいワンちゃんたちに囲まれた恭子さんの現在は、きっと充実したものに違いありません。それは、喜びも悲しみも大らかな気持ちで引き受け、乗り越えてきた経験があるからこそ得ることができたものではないでしょうか。これからも、素敵な笑顔の絶えない毎日でありますように!

恭子さんから読者の皆さんへのメッセージ

カリフォルニアの「トパンガキャニオン」にて。

アトピーは必ず治ります。正直時間はかかります。でも自分と自分の治癒力を信じてください。自分のアトピーは、自分が治そうと努力しない限り、どうにもならないのですから。克服中は、自分の体と心の声をよく聞いて、生活することが大事です。疲れたと思ったら、無理せずにちょっと一休みする気持ちの余裕も忘れないでください。

アトピーに関することはお気軽にご相談ください

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