アトピー性皮膚炎の知識

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 辻村寿三郎

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あとぴナビ/スペシャルインタビュー 辻村 寿三郎

あとぴナビ2009年8月号より
取材・文/大石久恵 、撮影/橋詰芳房

人形と向き合って、我を忘れるひとときが毎日の元気の源です

辻村寿三郎さん
PROFILE
辻村寿三郎(つじむら じゅさぶろう)
1933年、旧満州、錦州省朝陽に生まれる。 1974年、NHK総合テレビ「新八犬伝」の人形美術を担当し一躍注目を 浴びる。その後の活動は、人形師、着物デザイン、舞台、映画等の衣裳 デザイン、演出、脚本、アートディレクター等多岐に渡り、海外での評価 も非常に高い。後進のアーティスト達にも大きな影響を与え、総合的な アーティストとして各方面より大きな注目を集めている。


創作人形を中心に幅広い分野で活躍を続ける辻村寿三郎さん。日中は仕事場で人形と向き合い、夕方以降は自宅でのくつろぎタイムを大切に過ごす日々。仕事と休息を上手に切り替えるメリハリのある生活スタイルが健康維持のコツです。辻村さんの若さの源は、人形作りに情熱を注ぐひととき。人生の大先輩でもある辻村さんに、思い出深い出会いのエピソードや、毎日を元気で過ごすためのヒントをいただきました。

物心がつく前から人形が好きで、いつの間にか人形を作るようになっていた辻村さん。「なぜそんなに人形が好きだったのか、自分でもわからないんですよ(笑)

料亭の子として生まれ、幼い頃から着物や布裂ぬのきれに親しみ、割り箸などで人形を作っていたという辻村さんは、裁縫、芝居の小道具など様々な仕事をしながらも、常に人形を作り続けていました。

26歳の頃、人形作りを生涯の仕事と決めて独立。1970年代にはNHKで放映された「新八犬伝」の人形を担当し、一躍有名になりました。懐かしく思い出される方も多いことでしょう。辻村さんの人形たちは、まるで命が吹き込まれてそこに存在するかのように、表情豊かでそれぞれが個性的。

「昔はハイハイしたら筆とソロバンと人形の3つを並べて、何を取るかによって人生が決まるといわれたものです。私は人形以外には見向きもしなかったと、母から聞かされました。以来、人形一筋で生きてきて今に至っています

満州の自然と、母の愛情が人生の土台となりました

辻村さんが生まれ育ったのは戦時中の旧満州。幼少期から少年時代まで広大な中国大陸で過ごしたことが、辻村さんのアイデンティティーの土台となりました。

満州は広漠とした大地で、見渡す限り地平線が広がり、けっして色彩が鮮やかな風景はありませんでした。それでも自然とのつながりを拠り所として生きる風土が根付いた土地だったといいます。

まだ幼少の頃、辻村さんは1人で空を見上げては、「自分からは太陽がよく見えるけれど、太陽からは自分の姿が見えないんじゃないか?」「人間の存在とはなんて小さく、はかないものだろう」と、子ども心に思い、自分が自然の中で生かされている感覚を持つようになったといいます。

やがて、終戦前の年に満州から広島に引き揚げましたが、お母さんの死をきっかけに22歳のときに上京。最愛のお母さんが亡くなったあと、辻村さんはよく、自分よりも年長の人を「お父さん」「お母さん」と呼び、慕うようになっていました。

辻村さんが素直な気持ちで周囲の人たちの懐に飛び込んでいけたのは、亡きお母さんが幼いころから注いでくれた深い愛情が心の支えとなっていたからです。「母親が生きる力を育ててくれたんです

さまざまな巡り合いに育ててもらいました

芝居が大好きで、役者にあこがれた時期もあったという辻村さん。当時、辻村さんのお母さんが営んでいた料亭は将校たちの社交場で、歌舞伎などの芝居が上演されていました。
「母から芝居の話を聞かされ、4〜5歳の頃にはすでに八犬伝に親しんでいました」。のちに大人になって、「新八犬伝」の人形美術を担当するようになったときは「幼少期から人形や芝居に親しんだ経験が未来につながった」と不思議な縁を感じました。「思い起こすと、これまでの人生で色んな巡り合いを経験しましたが、すべてが人形作りにつながっているんですよ」。

人形師の仕事を始め子どもも生まれたばかりの20代半ば、体が弱かった辻村さんは、体力作りのためにジムに通っていました。そこで三島由紀夫さんと出会っています。「三島さんはいつもブツブツと何かをつぶやいていてね。そのうち毎日顔を合わすようになり、いろいろ話を聞くうちに、『この人はすごい!』と思いました」。

辻村さんはこの夏、「雨月物語」と「平家物語」をテーマとした作品展を開催しますが、実はこれも三島さんとの出会いに縁があります。
「10代のときに雨月物語を読みましたが、当時は難しくてよくわからなかったんですよ。でも、第一編の『白峰』が心に残り、なんで帝ともあろう方が島流しにあって、帰してもらえないのか?と、心に引っかかっていました。すると三島さんから『頭の中に引っかかっているものは、いつまでも引っかけておけよ。ある年齢になると、必ずわかるときがくる』って言われたんです。それを思い出して、この年になって再び読み直してみたら面白くてね。そこから平家物語にもつながったというわけです」。

これまでもいろんな人との出会いに導かれて今日があると感じています。「出会いというのは不思議ですね。特に未来へとつながる出会いは、偶然ではなく必然ではないだろうかという気がします。こんな必然に導かれることで、ぼくはこれまで、すごく幸せな生き方をしてきているなと思っています」。

執着心を捨てること、夢中になれるものを見つけることが幸せを呼ぶ

「『ものに執着すると泥沼道に入っていき、泥沼の中で死んでいくのが人生だ』と、井原西鶴が言っていますが、今ではなるほどなあと思います」。
人にはそれぞれの器がありますが、詰め込みすぎると新しいものが入ってこられないばかりか、器の外にこぼれ落ちてしまうものなのだそうです。
「だから、たとえ自分が欲しいものであっても、捨てるものを見極めることが大切。ため込まないで捨てるから、新しいものが手に入るんです。そして『欲しいな』と思っても我慢すると、不思議と自分に必要なものが手に入るんですよ」。

最近は物欲を捨てることを心がけているという辻村さん。「執着心を捨てることで、新たな未来が開けることもある」と確信しているのです。これは、別れの後で新しいめぐり会いをするのと似ているといいます。
「一番心が癒されるのは、やはり人形作りに取り組んでいるひとときですね。時間を忘れ、我を忘れて夢中になることが、自分を元気にしてくれます」。

そして、毎日をフレッシュな気持ちで過ごすためのおすすめの方法は、朝起きたら「今日という日は、今までに経験したことのない新しい1日」と考えて、今までにやったことのないことを1つだけでも試してみること。いつもと違う道を歩いてみるのもいいし、ちょっとした小さな試みに挑戦するだけでも気分転換になるのです。
「毎日が新しい1日なんだから、同じことを繰り返してばかりではもったいないですよ。1年は365日あるから、365回新たなチャンスがあるようなもの。気持の持ち方次第で、楽しいことがたくさん見つかるものです」。

医療ナビ 経穴とアトピー

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医療ナビ アトピーと心のコーピング

監修:工藤 孝太
監修:工藤 孝太(くどう こうた)
日本伝統鍼灸学会理事、東洋鍼灸専門学校教務課副主任、上真堂鍼灸治療所鍼灸部門部長
鍼灸治療の中でも特にアトピー性皮膚炎の治療に力を注ぎ、東洋鍼灸専門学校では数多くの伝統医療後継者を育成。
足底鍼療法の創始者でもあり、鍼灸と足裏刺激療法を組み合わせた独自の治療を行っている。

日本でも国家資格が認められている、鍼灸(しんきゅう)などのツボ療法は、東洋医学、中でも中国の伝統医学の治療法のひとつです。
これらのツボ療法はアトピー性皮膚炎に対する臨床効果も知られています。
私たちの体にある「ツボ」を知ってアトピー改善に役立ててみましょう。

1.中国伝統医学でのアトピーとは?

中国伝統医学には西洋医学のような診療科による区別はないため、皮膚科はありません。アトピー性皮膚炎を皮膚の病気と考えずに体のバランスの乱れとするのが中国伝統医学の考え方です。

体全体を整えることで患部を治療する考え方

東洋医学の中でも、中国医学は、古代中国の思想を基に発展してきた伝統医学のことで、生薬などの薬物療法である漢方、物理療法である鍼灸・按摩療法、食事療法などがあります。中国伝統医学では、環境やストレス、食事などの影響で、気の流れやエネルギーのバランスが乱れ、体の機能バランスが崩れている状態のことを「病気」と考えます。

鍼灸治療では、この乱れた体のバランスを整えることによって、人間が本来持っている自然治癒力や免疫力を高め、体の不調を改善していこうとするものです。西洋医学が患部を部分的に治癒していこうと考えるのに対して、中国伝統医学では体全体を整えることによって患部も治癒させようという違いがあります。

皮膚の治療は肺を整えることが基本

中国伝統医学の理論を支えている自然観の一つに、「五行」という考え方があります。自然界のすべての物や現象を、「木、火、土、金、水」という5種類の要素の特性や、相互関係、運動からとらえようとする考え方です。人間の体で五行に対応する考え方が、「五臓六腑」※1といわれるもの。五臓六腑はお互いに関連しあっていると考えます。そのつながりのひとつに「肺は皮毛を主(つかさど)る」という言葉があり、これは皮膚や毛髪は肺がコントロールしているということを意味しています。中国伝統医学の古い文献には、アトピーに似た皮膚症状の記述もあり、昔から皮膚の治療には肺を関連付けていたことがわかります。実際の鍼灸の臨床現場では、肺を強くするための治療をすることで、アトピー性皮膚炎が改善されたという例が多くあります。

※1 五臓とは、肝、心、脾、肺、腎のこと。六腑とは、胆、小腸、胃、大腸、膀胱、三焦のことで、三焦は水分代謝全般を指す機能系を指します。

2.「ツボ」って何?

鍼灸治療では「ツボ」を刺激することで、体の不調を取り除いていきます。全身に存在するツボにはそれぞれ名前があり、それぞれが異なった性質を持ち、身体のあらゆる部分と関係しています。鍼灸の治療の基本的な考え方が「ツボ刺激」なのです。

「ツボ」は臓器に関わる12本の気の流れ上にあるもの

ツボ

中国伝統医学では、人間の体には「気」が流れていると考えます。この気の流れは「経脈」と呼ばれ、人間の体には12本の経脈が通っており、十二経脈といいます(イラスト参照)。

これらの経脈にそって、全身に360個以上※2もの経穴(ツボ)があります。たとえば、胃に関わるツボを結んだものが胃の経脈すなわち「胃経」です。そのほか、肝臓なら「肝経」、また肺なら「肺経」といったように、それぞれが臓器にかかわる気の流れとなっています。臓器の名をとった十二経脈はほかに「心経」「小腸経」「大腸経」「脾経」「腎経」「胆経」「膀胱経」があります。それ以外に「心包経」「三焦経」という2本の経脈があります。

足裏を指圧すると体調が整うのは、この経脈で連なったツボが足裏にもあるからなのです。ただし、経脈はあくまでもツボの連なりであって、血管のように実体が確認されているものではありません。

※2 WHO(世界保健機構)では、361個の経穴が認められています。

「ツボ」は刺激に反応し治療する点

ツボ
では、ツボとは何でしょう?

中国伝統医学では、体内の気と自然界の気の出入り口を「ツボ」(経穴)と考えます。そしてツボは体の中の異常反応を示す点でもあります。肺に異常があると、肺経にそれが現れます。そしてそのツボに適切な刺激を加えると、異常が緩和されることから、ツボは反応点であり、同時に治療点でもあるのです。

ツボの異常反応は、「虚実」という出っ張りやへこみとして現れます。出っ張っている時は気のエネルギーが多い状態、へこんでいる時は逆にマイナスの状態です。赤みがあったり、黒ずんでいることも。治療者はこれらを経験で見分けます。

「変化の表れたツボ」に刺激を与えて正常化する

季節や天気など自然環境が変わったり、ストレスによって情緒が乱れたり、食生活が乱れることで、気の流れが乱れたり、滞ることが病気の原因になります。気が滞ったときには、反応点であるツボには「虚実」という変化が現れます。この変化の現れたツボに刺激を与えて正常な状態に戻す、それがツボ療法です。

治療としては鍼、灸が基本ですが、養生法としての指圧もツボ刺激の仲間に入ります。ツボ刺激がなぜ体の不調に有効なのかは、ツボの刺激が神経を通じて脳・内臓に伝わって作用するという説(神経説)、ツボ刺激によって血液やリンパ液の流れがよくなるという説(リンパ説・血流説)などがあります。

鍼灸(しんきゅう)治療はどんな治療?

同じツボ治療ではあっても、鍼と灸ではその効果が違ってきます。たとえば、体の内側から起こってくる熱は、肺を悪くするとされています。この熱は「熱邪」と呼ばれ、肺熱を引き起こします。鍼には、人間の体に悪い作用を及ぼす熱邪をとるという作用があるといわれます。

使う鍼の種類は太さ、長さもさまざま。刺し方にもいろいろな手技があり、実際に皮膚に刺す鍼もあれば、刺さない鍼もあります。一般的には深刺と浅刺の間や鍼の太さで刺激の強さを調節します。

灸は鍼とは逆に、主に熱を入れる場合に用いられます。ヨモギの葉の裏にある柔毛からできている「もぐさ」をツボにおいて火をつけることで、ツボに刺激を与えます。冷えがある方には灸が向いています。足など下半身にお灸をすることで、血流が活発になります。

鍼灸には適応症があるので、まずは専門家に相談しましょう。また、薬物治療である漢方治療と併用する場合、治療方針が異なると、お互いの治療を打ち消しあってしまうことがあるので注意が必要です。(たとえば、鍼治療で熱を取る治療をし、漢方で体を温める治療をした場合など)。

中国の伝統医学で病気は体のバランスが崩れていることから起こると考えます。皮膚や毛髪は肺機能が司ると言われており、臨床現場でも肺を強くしてアトピー性皮膚炎が改善したという例もあります。

治療はツボへの刺激で行います。WTOでも361個のツボが認められています。変化の現れたツボに刺激を与えて治療を行います。

治療法は鍼、灸、指圧などがあります。これらの治療には適応症があるので専門家に相談しましょう。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー Dr.コパ

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Dr.コパ

あとぴナビ2009年6月号より
取材・文/大石久恵 、撮影/橋詰芳房

幸せになる努力に、遅すぎることはありません

Dr.コパPROFILE
Dr.コパ
東京都出身。一級建築士、工学博士。
建築家として、設計事務所・祥設計を主宰。一方、家相学、方位学の第一人者として、風水をベースにした「開運インテリア」「風水パワー」を発表し、風水ブームを巻き起こす。簡単でわかりやすい風水学で幅広い支持を得て、Dr.コパの愛称で、雑誌、テレビ、ラジオ等様々なメディアで活躍中。

風水の第一人者であるDr.コパこと小林祥晃さんは、建築家、神主といった様々な顔をもっています。 そんなコパさんに、実はもう一つの顔があります。それは、アトピーをもつ3人のお子さんの父親としての顔。今回は、父親としてお子さんたちに愛情を注がれてきたDr.コパさんに、スポットを当ててみました。

風水に基づいた開運アドバイスで、テレビや雑誌で活躍中のドクター・コパさん。3人のお子さんはすでに成人しましたが、コパさんは、アトピーのわが子に寄り添ってきたお父さんでもあります。
「当時3才だった長男がかゆがって、突然激しく泣き出したときには『何が起きたんだ?』と驚きました。今思えば、あれがアトピーの発症だったんですね」。

学童期に発疹が目立ち始めても「そのうち治るだろう」と、コパさんは気楽に構えていました。でも、他の2人もかゆみを訴えるようになり、3人ともアトピーと判明したのです。上の息子さんは皮膚症状が悪化してイジメを受けたこともありましたが、友だちの存在に支えられ、元気に生活していました。一方、長女のドーター・コパさんは、皮膚は悪化しないまでも爪が傷みやすい状態に。軽症だった下の息子さんは、のちに医学を志すようになりました。

そして、お子さんたちのアトピー発症を機に、コパさんは住環境からアトピーの原因を探り、インテリアに風水を応用。
「子どもたちには申し訳ないけど、治りやすい環境を試す勉強にもなりました」。

これまでの生活環境を振り返りアトピーの原因をチェック


「当時、『コパさんは風水をやっているのに、子どもがアトピーなの?』と言われたこともありました。確かに風水は万能ではありません。でも、症状を緩和する方法を試そう!と、前向きに考えました」。

医者になった下の息子さんの「うちの家系は腎臓が弱いのかな。血液をろ過する腎臓が弱いと皮膚症状が出やすい」という言葉もあり、住環境を振り返ることに。ちなみに風水では、トイレの位置によって持病がわかるとされています。思い返すと、コパさん一家がこれまでに住んだ家は、すべて北から北西の方角にトイレがありました。これは腎臓や子宮が影響を受けて、体がむくみやすくなる位置でした。

「我が家は腎臓が弱点」という下の息子さんの言葉通り、弱点となる要素があったのです。「他の家の弱点を指摘してきた自分が、家を建て替えても、なぜか同じ場所に弱点を作っていたことに初めて気づきました」。また、東南は皮膚に影響する方角。東南の日当たりが悪くて風通しが悪い場合や、東南部分がベランダになって部屋がくぼんでいると、皮膚に影響が出やすいのです。「当時住んでいた家は東南が近所と隣接し、やや圧迫感のある環境でした。自分の家のことは盲点でしたね」。

「次に建て替えるときはトイレを北に置かない」と決めたコパさんですが、今度はお風呂場を北に作ってしまいます。
「北に水場があると腎臓系が影響を受けやすいと知りながら、なぜ繰り返してしまうのか。もしかすると方位が体に影響を与えるというより、そういう運を持っているから北に水場のある家を建ててしまうのか?と、風水の不思議さを感じました」。
そして、配置を変えられないものはカーテンの色やベッドの向きなど、インテリアで工夫しようと思考を転換したのです。

色と家具の配置を工夫して皮膚をきれいにする風水を実践

まずは北側のラッキーカラーとなる暖色、ピンクやオレンジをお風呂場に。肌をよくするために、東南にもピンクを置きました。その後、下の息子さんの症状が徐々によくなり始めました。

また、「娘は東南の風に当てると縁が早くなる」といわれるため、ドーター・コパさんの部屋を東南に配置してピンクで統一。爪の健康状態も、その後よくなり始めました。実はコパさんは「幸せは指先でつかむといわれるから、爪がきたないのは女の子として幸せになりにくいということだよ。自分の爪に『しっかりしろ!』と言い聞かせなさい」と、娘さんに厳しい言葉を言ったこともありました。
「すると彼女は自分の爪をなでながら、『私のためにきれいになってよ』と願い続けたんです。それを3年ほど続けた頃には爪がきれいになっていましたね。彼女なりに自分がダメージを受けやすい部分を元気づけたんだと思います」。

コパさんが一番頭を悩ませたのは、症状が重かった上の息子さんの部屋でしたが、「跡取り息子は朝日に当てろ」「皮膚の症状を改善するには、きれいな水のある場所に住まわせろ」という風水を実践。
「長男の部屋は東に配置し、床も壁もカーテンもきれいな水をイメージできる水色にして、ドアの色まで徹底しました。一方、医者志望の次男の部屋は、医者の色であるグリーンに統一しました」。
「3人とも幸せになってほしい」という親の願いをインテリアに託したのです。しかし、家が完成した直後、上の息子さんは水色の部屋に入ることを拒否。
「僕は『なんとしても彼をこの部屋に入れよう』と思いました」。それは長年に渡って息子さんの症状に胸を痛めてきた親心からでした。その後、息子さんは漢方薬も服用し始めて、自主的に体質改善をスタート。水色の部屋で暮らし始めて3年目には症状が緩和していきました。

幸せと美肌を呼ぶメッセージ

幸せになる努力に、遅すぎることはない

人は幸せになるために生きるもの。「幸せになりたい!」と思うタイミングに年齢や時期は関係ありません。

努力とは開運のための努力をいう

目標を達成するためには努力することが大切ですが、「幸せになるため!」という目標に向かって努力することが重要です。

東にブルーで肌は若くなる

「肌がきれいになる」とされる風水が東にブルーを配置すること。ブルーは清らかな水をイメージした色だからです。

東南にピンクで肌と友人がよろこぶ

東南にピンクはラッキーカラー。ピンクは赤ちゃんの肌色を象徴するとともに、人間関係をスムーズにする色です。

アトピーだけにとらわれずわが子の幸せを願い続けた

風水で建築した家に暮らして10年。今では3人ともアトピーの症状がおさまり、上の息子さんはこの5月に結婚。アトピー改善のため、生活環境を見直したいという人の相談には、「一に掃除、二に換気、三に色使い」の順番で試すことをすすめています。とくに部屋の換気は重要。
風水では「空気が動くことが人を健康にする力を持つ」と考えられているからです。「『コップ1杯の水を枕元に置く』『東にきれいな水を置く』など、まずは手軽にできることから試してみてほしいですね。また、『東南にピンク』を置くと人間関係が良好になり、周囲が何かと助けてくれます」。

風水にはアトピーを直接治す作用はありませんが、「人生の免疫力を高めて幸せを呼ぶ力がある」と、コパさんは考えます。
幸せになった人に話を聞くと、誰もが「毎日コツコツと努力した結果」と答えます。やはり目標に向かって努力を惜しまないことが幸せにつながるのです。
「大切なのは、環境を整えて、幸せになろうと願いながら努力することです。それによって、幸せをつかむ力がアップします」。コパさんは「たとえアトピーが治らなくても、運のいい子に育てよう」と、お子さんたちを見守ってきました。そして「人は幸せになるために生まれてくるんだよ。たとえアトピーでも、幸せになれればいいじゃないか」と伝え続けてきました。
「自分はアトピーを経験していないから、子どもたちへの理解が足りないのかもしれない」「だからこそ対話しよう」と、常に心がけてきました。「実は4年前、漢方薬を服用した際に体内の毒素が出て、全身に湿疹がふき出しました。かゆみがこんなにつらいものとは!と、初めて息子と同じ苦しみを知りましたよ。今では『一病あって家族がまとまった』と思っています」。

医療ナビ アトピーと心のコーピング

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アトピーと心のコーピング

監修:YMJコーピング研究所
コーピングとは、ストレス状態を平常な状態に戻そうとする行為のこと。コーピングでアトピーの悪化を予防しましょう。
取材協力/田村綾子(YMJコーピング研究所シニアインストラクター)

例えば「おはよう」とあいさつした相手から反応がなかったらあなたはどう感じますか??
あいさつした相手から反応がなかったら

悲観的に考える人、相手の気持ちを思いやる人、気にしない人など、感じ方はさまざまです。その中でも「マイナスの思考回路」を習慣的に持っている人は、どうしてもストレスを抱えてしまいがちになります。そういった感情の動きは、体の機能をも低下させます。心身相関という意味では、アトピーの人にとっても、症状を悪化させてしまうことにもなりかねません。
実際のところは、冒頭のように“挨拶したら返事がなかった”という事実があるだけです。このストレス刺激に対して過剰にマイナスに考える人は、自分からストレスを大きくしてしまっているのです。

1.ストレスに対処する技術を身につけよう

ストレスは誰にでもあります。ただし、ストレスへの考え方や対処法には個人差があり、学校で同じように先生に叱られたにもかかわらず、職員室を出るとケロッとしている人もいれば、いつまでもクヨクヨしてしまう人もいます。しかし、クヨクヨしてしまう子どもだった人でも、大人になって上司に怒鳴られても上手に気分転換できるようになっていたりすることもあります。つまり、ストレスへの対処のしかたは先天的なものではなく、身につけることができる技術のようなものなのです。

これを心理学の言葉では「コーピング」と呼びます。コーピングは英語の“cope”(難局に対処する)を語源としています。その通り、ストレスという難局に対処し、ストレス状態を平常な状態に戻そうとする行為がコーピングです。コーピングを上手に取り入れながら、アトピーの悪化を予防しましょう。

2.コーピングの第一歩 まずは「自分」を知ろう!

マイナス思考は、自分を過少評価したり、刺激を過大に感じたりすることからも生じます。過小評価や過大評価をしている自分に気付くことから、ストレスコントロールは始まります。

チェック

セルフトークは自分の考え方の傾向を知る大切なヒントです。「自分はアトピーだ」というストレスに対してどのように感じていたのか、何に対してもっともストレスを感じているのかなど、多くのことがわかります。さぁ、自分を振り返って、自分のセルフトークを書き出してみませんか。何かしらの発見があるはずです。

注意!コーピングは病気にならないための予防策。病気になってしまったら専門家に!

 
たとえば「試合の緊張感のおかげで逆に今まで以上の成績を出すことができた」というように、ストレスは悪いものばかりではありません。しかし、過度のストレスが続けば、心身に大きなマイナスの反応となってあらわれます。
心の反応としては、怒り、不安、悲しみ、興奮などがありますが、これが慢性化すると物忘れが激しくなる、判断力が低下する、抑うつ感があらわれる、自尊心が低下するなどの重い症状になることがあります。体の反応としては、発汗、血圧の上昇、心拍数の増加などがありますが、これが慢性化すると円形脱毛症、胃潰瘍、慢性疲労、メニエール病などの症状が出ることがあります。
コーピングは、ストレス反応を慢性化させないための技術ですから、これらストレス反応によって起きる心身の病気を予防するためのものです。すでに病気になってしまっている方は、専門の病院で治療を受けましょう。

3.「あるがまま」の自分を知ることが大事

自分をあるがままにとらえられないことからストレスが生まれます。ストレスに負けないためには、まず本当の自分を知ることです。

認知のゆがみを知ることでセルフトークが変わる自分も変えられる

 
心理学では「認知のゆがみがストレスを生む」といいます。「認知のゆがみ」とは、思考が非合理的、非論理的になっている状態で、たとえば冒頭の「“おはよう!”と挨拶したのに反応がないのは、自分が嫌われているから」という考えは、明らかに論理的ではありません。事実として確かなのは、挨拶に反応がなかったというだけです。その理由が単に聞こえなかっただけかもしれないのに、勝手に自分が嫌われていると否定的に感じています。これが認知のゆがみです。そして自分の認知のゆがみを知るための、最適な材料がセルフトークなのです。

「新しい薬や治療法を試してみましょう」と医師に言われて「どうせまた効かない」というセルフトークをしたとします。事実として確かなのは、これまでいくつかの薬や治療法を試したが、まだアトピーは改善していないということです。そもそも新しい治療法が効くかどうかはまだわかりません。どうせ効かないと考えるのは明らかに論理的ではありません。また、これまでも「どうせ効かない」と思って、真剣に治療しなかった自分に責任があったかもしれません。「どうせダメだ」と心に予防線を張って、治療が上手くいかなかった場合のショックを自分から軽くしようとする気持ちが表れていたのかもしれません。
このことが認識できたら、自然と「どうせまたダメ」が「今度は効いてほしい」に変わり、「真剣に治療に取り組もう」に、セルフトークも変化しているはずです。

COLUMN

元シンクロナイズド・スイミング銅メダリスト

田中ウルヴェ京さんの ストレスコーピング

YMJコーピング研究所の田中ウルヴェ京さんは、ソウルオリンピックで銅メダルを獲得。現役引退後、喪失感に襲われた田中さんは「コーピング」と出会うことで、ポジティブ思考を取り戻すことができました。

田中さんは、 1988年、 ソウルオリンピックのシンクロナイズド・スイミング(以下シンクロ)で、小谷実可子さんとデュエットを組み、見事銅メダルを獲得しました。 シンクロはすでに注目種目だったこともあり、当時の田中さんは、大変な有名人でした。この頃の田中さんは自分では気づかぬうちに「私は偉い人間なんだ」「メダリストは特別」という勘違いなセルフトークをしていたと振り返ります。幼い頃から水泳、シンクロ一筋に努力を重ね、その努力が実り、オリンピックメダリストとなり、スターとなったのは事実です。しかし、ここに認知のゆがみが表れてしまいました。

人気者となったのだと誤解して、引退、数年がたち、1992年のパルセロナオリンピックが近づいてきた頃のことです。世間の注目は当然ながら代表選手たちに集まり、田中さんはいつの間にか注目されない「過去の人」となっていました。このとき田中さんは、語りつくせないほど大きな喪失感を抱えたと言います。「シンクロ選手でない私はいったい雑?」という「自分の存在価値を見失う」ストレスは、生死にかかわるほどのものだったそうです。

田中さんがそこから脱出できたのは、アメリカ留学で学んだ心理学の授業で、ありのままの自分に気がついたことがきっかけでした。田中さんは、「りっぱな実籟を残した選手としての自分に強いアイデンティティを持てば持つほど、引退後の喪失感が大きい」という研究結果そのものだったのです。これをきっかけにして、田中さんはありのままの自分を見つめ直す努力を墾ね、引退後の喪失感を克服していったのです。

アトピー性皮膚炎はストレスとなって体や心を傷つけますが、コーピングで少しでも楽になる手法を学びましょう。ポイントはストレスへの対処法を学ぶことですが、自分を知ることからストレスコントロールができるようになります。

思考が非論理的、非合理的になっていることを認知のゆがみといいますが、ストレス状態はこの認知のゆがみが原因の場合があります。例えば「どうせ・・・だから」といった非論理的な考え方もそうです。

コーピングによってストレス対処技術を身につけることができれば、病気の悪化を防ぐこともできます。

過度のストレスは発汗、心拍数の増加、そして円形脱毛症、胃潰瘍、慢性疲労などを発症することもあります。自らを知り、ストレス対処法を学んでいきましょう。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 水野 雄仁

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あとぴナビ/スペシャルインタビュー 水野 雄仁

あとぴナビ2009年3月号より
取材・文/津留有希 、撮影/橋詰芳房

水野 雄仁さんPROFILE
水野 雄仁
1965年生まれ。徳島県出身。プロ野球選手、野球解説者。池田高校時代、甲子園に3大会連続出場。うち1982年夏は外野手として、翌1983年春はエースピッチャーとして、全国優勝を果たす。ドラフト1位で巨人に入団し、1987年には10勝を上げ、チームの柱に。肩や肘の手術を経た後も、リリーフ、中継ぎとしてチームの勝利に貢献した。引退後は巨人の投手コーチを3年間勤めたあと、野球解説者、評論家として活躍中。

ポジティブに生きていくコツはがんばっている自分を自分がいちばん信じてあげること

さわやかな語り口の野球解説で、幅広い年齢層から人気のある水野雄仁さん。甲子園で大活躍した高校時代から「阿波の金太郎」と呼ばれ愛された人です。しかし、そのプロ野球選手時代は、挫折と再生の苦しい戦いの連続でした。水野さん流の、試練を乗り越え、前向きでいるための心構えとは?

読売ジャイアンツの投手として、「金太郎」の愛称で親しまれていた水野雄仁さん。現在はプロ野球解説者として活躍中です。引退して10年以上が経った今も、スリムながらがっしりした体型、さわやかな笑顔で、颯爽と取材場所に現われた様子はまさにスポーツマンという雰囲気。「13年と短いプロ野球現役生活でしたけど、いいライバルや友人に恵まれて、充実していました」と、穏やかに選手生活を振り返る水野さんの野球人生は、しかし一筋縄ではいかないものだったのです。徳島県で生まれた水野さんは、小学生のときお兄さんの影響で野球を始めます。

楽しい遊びとして野球をしていた水野少年が初めて「プロ」を意識したのは、忘れもしない12歳の誕生日。「王さん(王貞治氏)が世界記録になる756号ホームランを打ったんですよ。まるで僕への誕生日プレゼントみたいで、うれしくてね。あんな感動を与える人になりたくて、プロ野球選手を本気で目指す決意をしたんです」中学に入学しても、もちろんクラブは野球部。さらに自主的に野球道場にも通い始め、毎朝、毎晩、厳しい指導を受けて鍛錬に励みます。それもすべて、「甲子園に出場して、プロ野球選手になるんだ!」という夢のため。そんな水野さんの中学生離れした野球能力を見抜いた県立池田高校から「ぜひうちに来ないか」と声がかかったのです

甲子園3大会連続出場、そしてプロへ父の言葉に励まされて


池田高校での水野さんの活躍は、華々しいものになりました。当時の池田高校は、名将・蔦文也監督のもと、〝やまびこ打線〞と恐れられた打撃力と、1年先輩のピッチャー畠山準氏(元横浜ベイスターズ)、そして水野さんという充実した投手陣とで、向かうところ敵なしのチームへと成長していったのです。1982年夏の甲子園と、水野さんがエースとなった83年春の選抜甲子園では、堂々の2大会連続全国優勝! 日本中が「池田高校」と「エース水野」の名を知ることになり、ひたすら野球に励んできた高校生は、あっという間に有名人になりました。

「全国紙の一面や、セブンティーンなどの雑誌にアイドル並の扱いで載ったこともあります。つい勘違いしそうになるんだけど、監督は相変わらず厳しいし、池田は田舎で環境も変わらないし、やっぱり黙々と野球やってましたね」83年夏の甲子園でも水野さんはエースとしてチームを牽引し、準決勝進出の戦績を残しました。

甲子園3大会連続出場という輝かしい経歴をもって、水野さんはドラフト1位で読売ジャイアンツに指名されます。誰もがうらやむ順調なスタートで、あこがれていたプロ野球選手の仲間入り。しかし、トントン拍子に見えた水野さんの野球人生にも、試練が襲いかかります。85年のグアムキャンプでのこと、スーツケースのタイヤが階段に引っかかり、無理に持ち上げた衝撃で、肩の骨がずれてしまったのです。

肩と肘の故障。リハビリを乗り越えて

高校診断は、肩関節亜脱臼でした。どう手を尽くしても引かない痛みに単身渡米し、ピッチャーにとって命ともいえる肩を手術しました。「それはもう、ショックでしたよ。当時の日本では肩にメスを入れた投手の前例はなかったし、取り巻きのマスコミにも相手にされなくなって、不安と孤独でいっぱいでした」。しかし、水野さんはそのとき、「ちやほやされて調子に乗っていた。自分には野球でがんばるしか道がないのだ」と、自分を見つめ直します。地道なリハビリをコツコツ重ね、翌年にはみごと1軍に復帰。プロ入り初の2桁勝利を飾るなど、巨人軍の柱のひとりとなりました。「人間は潜在的にすごいパワーを持っているんです。それを信じて、なかなか成果の出ない治療を繰り返しながら、少しずつ進みました」。

完治したとはいえ、無理はできない肩になった水野さんは1試合の投球数を制限され、そのため先発ピッチャーではなくリリーフとして起用されるようになります。そして92年、さらなる挫折に見舞われました。肩をかばって投げるフォームのせいで、肘に遊離軟骨ができてしまい、再度の手術となったのです。「肩を壊したハタチの頃より精神的にはきつかったですよ。休んでいるうちに若いピッチャーが力をつけ、試合に出ているんです。『僕には戻る場所があるのか!?』と、非常に焦りました」。

歌手・女優:早見優それでも水野さんは「失ったものを悔やんでも仕方ない、リハビリ期間を有意義に使おう」と気持ちを切り替えます。苦手なバッターの資料を集めて研究し、速球が無理ならば球種を増やそうとフォークボールを自主的に身につけたのです。常に心にあったのは、蔦監督の口ぐせ〈勝負は一瞬の行、鍛錬は千日の行〉。一瞬のチャンスをものにするためには、毎日の鍛錬が必要だという言葉の通り、黙々と練習に励みました。
努力の甲斐もあって、再度の一軍復帰。それからは勝負度胸のある貴重な中継ぎ投手として、肩と肘に限界を感じて引退を決意する31歳まで、熟練の技巧派として数々の名場面で活躍しました。

引退後の水野さんは、巨人軍の投手コーチを経て、現在は野球解説者。「わかりやすくて偏らない解説を心がけています。そうすると、選手時代ともコーチ時代とも違う発見があるんですよね」と、相変わらず前向きです。そんなポジティブ・シンキングの秘訣とは?
「人生にはさまざまな選択肢がありますが、どちらかを選んだ以上、『もし、もうひとつの道を選んでいたら…』なんて、僕は絶対に考えません。自分の選んだ道で、ひたすら頑張るだけです。せめて自分ぐらいは、自分を信じてあげなくちゃね!」

医療ナビ アトピーと汗

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アトピーと汗

監修:塩原 哲夫
監修:塩原 哲夫(しおばら・てつお)
杏林大学医学部皮膚科教授
1973年、慶應義塾大学医学部卒。日本皮膚科学会理事、日本皮膚アレルギー学会理事、日本研究皮膚科学会理事などの公職を務める。
専門は、薬疹、アトピー性皮膚炎、アレルギー性疾患、乾癬、皮膚免疫学など多岐にわたる。

アトピー症状を改善するために汗をかく大切さを知りましょう

アトピーの人は汗をかきにくいこと、そして、汗をかかないことがアトピーを悪化させている可能性があることを知っていますか。
アトピーと汗の関係について正しく理解し、症状改善のヒントを探りましょう。

1.アトピーの人は汗をかきにくい

アトピーの人は汗をかきにくい

汗はアトピー性皮膚炎(以下アトピー)を悪化させると思い込んで、汗をかかないようにしている方はたくさんいることでしょう。汗をかくと、炎症部分がしみたり、痒くなったような気がしたり……。せっかく塗った保湿剤が汗で流れ落ちてしまうのも、気持ちがいいものではありません。
このように、今までは汗の悪い点ばかりが強調されてきましたが、汗にはむしろ良い側面があることが、最近わかってきました。
つまり、汗は「悪者」ではなく、むしろ汗をかかないことの方が、アトピーを悪化させる可能性が高いことがわかってきたのです。発汗は生物体として必要な機能ですから、体のためになる働きがたくさんあります。汗をかきにくいと、それらの恩恵にあずかれないことにもなります。
アトピーを改善するために汗をかくことの大切さを知っておきましょう。

2.アトピー性皮膚炎の方の発汗障害についての研究

この研究によって、アトピーの方は汗をかきにくいこと、汗をかかないことがアトピーを悪化させる原因にもなっていることが明らかになりました。

汗が出にくいと、皮膚のバリア機能を低下させる原因になる?

なぜアトピー肌では皮膚のバリア機能が弱まっているのでしょうか? その大きな理由に、角質層の水分が不足していることがあります。実際にアトピーの方は、皮膚からの水分蒸発量が多いこと、角質層の水分含有量が少ないこと、潤いを与える角質のセラミド成分が少ないことなどが、これまでに証明されています。
汗は、角質層の水分量を維持するために大きな役割を果たしています。このことからも、アトピー肌のバリア機能が低下する原因のひとつとして、発汗障害が考えられていました。が、実験方法が難しいなどの理由で証明されていなかったのです。

アトピー症状がないところのほうが症状があるところより発汗量が少ない!

そこでこの研究では、入浴によってかく汗の量の違いを測定しました。同世代のアトピーの方とそうでない方各20人を対象に、お湯を42℃に調節。入浴時間とお湯へのつかり方を一定にし、測定時の条件も同じにして、『局所発汗量連続記録装置』を用いて、額、首、肘の内側、背中の4ヶ所で発汗量を精密に測定しました。
実験の結果、アトピーの方の発汗量は、健常者よりも少ないことが明らかになりました。特に、額と背中ではっきりとその差が出たのです。また、アトピー症状が出ていない部分のほうが、出ているほうより発汗量が少ない傾向がありました。額ではアトピー症状の有無による発汗量の違いはありませんでした。

汗をかかないために皮膚温が上昇することが症状が悪くなる原因にも

汗には体温を調節する大切な働きがあります。運動や気温の上昇などで体温が上がったとき、かいた汗を蒸発させることによって気化熱が放出され、体内の熱を逃がすことができるのです。

ところが、汗をかきにくいアトピーの方は、体内の温度が上がっても十分な汗をかけないため、皮膚温が上がってしまい、それが炎症を悪化させることにもなります。ですから「汗はアトピー症状を悪化させるに違いない」と考えていた人は、要注意。汗をかかない生活を続けると、ますます発汗機能は弱まり、その結果、肌はさらに乾燥しやすくなって、わずかな熱刺激で皮膚温が上昇するようになります。大切なのは、汗をかける体に戻すことなのです。

「汗を十分にかいている!」と勘違いするのはなぜ?

発汗には「代償性」という性質があります。一ヶ所汗をかかない場所があると、本来かくべき汗の量を他の部分が代償するのです。つまり、わきの下で汗をかかない人は、その代わりに背中や腕など、ほかの部分から汗をかきます。実際の発汗量が少ないのに、アトピーの人が汗をかいていると感じるのは、この代償性によるものと考えられます。
ふだん汗をかかない乾燥した皮膚に少しでも発汗がおこると、それが刺激になりかゆみが起こることがあります。しかし、汗をかき続けているうちに皮膚にうるおいが戻ってきて、このかゆみも解消されていきます。

3.「発汗」はアトピー克服に必要

汗をかかないことがアトピー症状を悪化させていることを知ったら、次は、汗をかくことの大切さを理解しましょう。

体を守る発汗は、アトピーを改善するためにも大切

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「汗をかくとかゆくなったり、症状が悪化したりするから」と、入浴や運動を避けているアトピーの方がたくさんいます。 たしかに、汗の中には炎症を起こし、かゆみを生じる物質も含まれていますが、続けて汗をかいているうちにそれに慣れてきて、むしろ汗の良い面が出てくるようになります。逆に、汗をかきにくいことによって、体内に熱がこもりやすくなっていることが、かゆみを悪化させる原因にもなります。
人間は体内温度が上がると汗をかき、汗を蒸発させることで熱を放出します。ところが、汗をかきにくいアトピーの場合、毛細血管は皮膚温を低下させようと精一杯開いているのに、汗をかけないので、体温は上がり、肌が赤くみえます。
かゆみの感覚は、37℃の体温でもっとも敏感になるとされています。体温が上がりかゆみが増し、症状が悪化してしまうのです。
また、汗をかかないと、角質層の水分量が不足し、肌はカサカサになり、バリア機能は低下してしまいます。
カバは赤い汗をかきますが、それには強い抗菌作用があることがわかっています。人間の汗にも抗菌ペプチドや免疫グロブリンなどの成分が含まれています。これらの作用によって、皮膚にすみついている善玉菌である常在菌を守り、有害な病原菌の侵入を防ぐという働きがあります。
汗をかくのは体を守るためです。アトピー克服のために汗をかく体に戻しましょう。

汗のはたらき

1.皮膚の水分量を保持する
角質層に十分な水分を供給し、肌のバリア機能を高めます。また、肌にうるおいを与えるのも汗の働きです。

2.抗菌成分を皮膚に供給する
汗には免疫グロブリンや抗菌ペプチドが含まれていて、細菌などから肌を守ります。

3.皮膚温度を調整する
汗をかくことで気化熱を放出し、体内温度や皮膚温度を下げる働きがあります。皮膚温が高いと炎症は悪化しやすくなります。

アトピーの方の発汗低下は自律神経の異常によるもの

汗をかかない理由にはふたつのことが考えられます。ひとつは、汗を分泌する汗腺に異常がある場合で、もうひとつは発汗を支配している自律神経に異常がある場合です。
以前はアトピーの方が汗をかきにくい原因として、汗腺の異常が考えられていました。炎症のある部分のバリア機能が破壊されていて、汗管が詰まったりするため、汗が排出できなくなるということです。ところが、研究の結果により、アトピーの方は、炎症が起こっていない皮膚からより患部からの方が汗をかいていることが明らかになりました。つまり、汗をかけないのは炎症があるからではなかったのです。
これによって、アトピーの方が汗をかきにくいのは、発汗をコントロールする自律神経系の異常である可能性が非常に高いということが明らかになりました。

(出典:早川順、塩原哲夫:「アトピー性皮膚炎患者における発汗障害の解析」
日本皮膚科学会雑誌2000;110:1115−1119)

汗と言えばアトピーへの悪影響が言われますが、最近汗をかかないことの方が悪影響があることがわかってきました。汗をかかない人は角質層の水分量が少ないことも分かってきました。

汗は体温上昇を抑える役割がありますが、アトピー性皮膚炎の場合汗をかきにくいため、皮膚温が上昇して炎症が悪化することにつながります。アトピー性皮膚炎の場合「代償性」といって1か所汗をかかないと他の箇所が汗をかく作用があります。そのせいで汗をかいていると勘違いしている人もいます。

アトピー性皮膚炎が悪化するからと入浴や運動を避けがちですがそれがかえって症状を悪化させることになります。入浴や運動で発汗することにより熱を放出しますが、アトピー性皮膚炎の場合、毛細血管は開いて皮膚温を低下させようとしても汗をかかないので体温が上がり皮膚があかくなります。

汗には角質層への水分補給以外にも抗菌作用があり皮膚の善玉菌や常在菌を守ってくれます。こんなに大切な汗ですが、アトピー性皮膚炎の場合、自律神経の異常により汗をかきにくくなっていることが最近の研究で分かってきました。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー やなせ たかし

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あとぴナビ/スペシャルインタビュー やなせ たかし

あとぴナビ2008年9月号より
取材・文/柿原恒介 、撮影/橋詰芳房

やなせ たかしさんPROFILE
やなせ たかし
1919 年 2 月 6 日生まれ。高知県出身。
東京高等工芸学校図案科(現千葉大学工学部)卒業。
三越百貨店宣伝部グラフィックデザイナーを経て、53 年に漫画家、絵本作家として活動を開始。
『やさしいライオン』『アンパンマン』が人気を集め、一躍有名に。
73 年以降、03 年まで長きに亘り月刊誌『詩とメルヘン』(サンリオ刊)の編集長を務める。
また作詞家として、『アンパンマン』シリーズをはじめ、ポピュラーソング『手のひらを太陽に』の作詞でも知られる。
アンパンマンミュージアム:http://www.anpanman-museum.net/

「ぼくはみんなと遊びたい。たとえこの世がつらいとしても、うなだれてるのは好きじゃない」。
高知県の『アンパンマンミュージアム』のHPには、そんなやなせさんのメッセージが書かれています。
アンパンマンの生みの親である、やなせたかしさんが、子どもだけでなく、大人にも伝えてくるメッセージとは?

漫画家・絵本作家:やなせ たかしさん

悩みや、絶望があっても、頑張って生きていれば、必ずいいことが起きますよ

「僕は子どもの頃からシャイで、人前に出るのが苦手でしたね。5歳の頃に父親が亡くなり、母親とも離れ、伯父の家に預けられたんですが、ちょっとしたことで傷つき、もう生きていけないと思うような、悲観的な少年でした。中学生の頃には、自殺を考えたこともあります。でも、絵を描くのが好きで、〝漫画家なら人に会わなくて済むだろう〞と思い、漫画家になったんですよ」。
やなせさんが独立したのは、34歳のとき。それまで企業でデザインの仕事をしていましたが、心に秘めていた夢を追うために、漫画家に転身したのです。
「独立したけど、漫画の依頼は少し。それよりもリサイタルの構成、舞台装置、シナリオライターなど、漫画以外の依頼がいっぱいきたんです。自分からやりたかったのではなく、なぜか〝未経験でもいいから、やって〞と、知らない人が突然やって来るんですよ。放送作家だった永六輔さんに舞台装置の依頼の理由を尋ねると、〝やなせさんの絵が好きだから〞と言う。テレビや民放ラジオの草創期は、未経験の人にもチャンスを与える人が多かったんですよ」。
未経験の仕事は、普通ならばリスキーな行為に思えますが、それらの仕事は、今もなお、大いに役立つ貴重な経験となったそうです。
「人前に出る機会が多くなったことで、服装にも気を使うようになりましたね。人の見た目って、一種の勝負のようところがある。服装がだらしないと不利なんですよ。それに人と会うこが多くなることで、人を観察する機会も増えた。これは漫画家にとって財産になるんです」。
シャイだった青年はいつしか、業界が一目置く、マルチクリエーターに。しかし、漫画家としての成功は、次第に遠のいていきます。

喜んでもらえるものを目指したら、結果的に人びとの心をつかんだ

やなせ たかしさん

漫画家としての本業よりも、テレビやラジオなどで忙殺されていたやなせさんの転機は、1973年。詩の雑誌『詩とメルヘン』を立ち上げます。創刊から編集長を務め、2003年までの長きに渡るまで、わかりやすい詩と絵で数多くの詩人、イラストレーターを輩出した雑誌でした。やなせさんは、〝これは道楽だから〞と、創刊当初は無報酬だったそうです。
「当時は、何を言いたいのかわからない現代詩が多かったので、とにかく読んでわかる叙情詩を発表したかったんです。利益が出ないことを前提にサンリオに話を持ちかけると、年に4回の季刊誌で出そうと言われた。3号続けば奇跡と言われたけど、なぜかめちゃめちゃ売れました」。
きっかけは、やなせさん曰く、道楽。しかし、その純粋な思いで創り上げられた雑誌だったからこそ、人びとの心に届いたのでしょう。やなせさんの純粋な創造性は、時を同じくして、後の国民的キャラクターを誕生させます。1973年、ボロボロのマントをまとった「あんぱんまん」(当時表記)が幼児用絵本として、出版されました。
「はっきり言って不評でしたね。パンが空を飛んで、顔を食べさせる話なんて、受けるわけがないと(笑)。批判ばかりだったので、以降5年くらいは描かないでいたんです。ところが、いつの間にか、子どもたちの間で人気が出てきちゃった。そのとき僕は、50代の後半。そろそろ仕事を辞めようかという頃に、人生が一転したんです。収入も10倍になったんですから」。
アンパンマンは絵本の大ヒットに続き、1988年にはテレビアニメもスタート。当時、月曜日の夕方5時は、何をやっても視聴率が取れない時間帯。実はアニメの企画が通るまでに3年もの月日がかかったそうですが、アンパンマンの視聴率は、7%超。常識を覆す出来事でした。
「最初に、〝無理だ〞と言われたもののほうが上手くいくことが多いのだと思います。〝これはダメだ〞というところに、意外性という光があるんですね」。

諦めず、頑張って生きていれば、悩みなんて、いつかはなくなる

人から仕事を依頼されたら、なんでもやる。そして、世の中にないものは、自分でつくる。漫画家として独立後、さまざまなジャンルに挑戦したのも、全ては〝仕事はスリルがあるほどおもしろい〞という冒険心を優先したからこその行為でした。落ち込みやすく、自殺を考えたこともある青年期のやなせさんには、とうてい想像できない将来の姿です。「若いときには些細なことも大きな障害に感じるんですね。アリにとっては、水たまりも大きな海のように見える。それを乗り越えて一生懸命生きていれば、必ずいいことはあるのに。頑張って生きていれば、悩みなんて、振り返って考えると、ばかばかしいことだったと思うものなんです」。
やなせさんは、これまで仕事を続けながら、心臓病をはじめ、さまざまな病気を患い、20回もの手術を経験してきました。それでもときには病院のベッドでさえ、仕事をしていたといいます。〝仕事があるから、早く元気にならないと〞。この思いこそが、やなせさんにエネルギーを与え続けているのでしょう。
「これまで僕は何度も死に直面しましたが、医学は1日1日進歩していく。去年は助からなかったのが今年は助かることがあるんですよ。だから、何事も決して諦めないでほしい。僕は今でも毎朝、病院に通っているけど、仕事をしている。人生はやっぱり気力ですよ。〝人を喜ばせる仕事がしたい〞という気力があるからこそ、今も元気でいられるんだと思いますね」。

『人生なんて夢だけど』

『人生なんて夢だけど』(やなせたかし著/フレーベル館刊)
1,575 円(税込)
やなせさんの生い立ちから、戦後、絵本作家のみならず、テレビ、ラジオ、雑誌などのマルチクリエーターとして活躍してきた、現在までの自伝。
さまざまなエピソードには、涙と笑いと勇気と感動が詰まっています。

かゆみのメカニズムとアトピー

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かゆみのメカニズムとアトピー

監修:高森 建二
監修:高森 建二(たかもり・けんじ)
順天堂大学医学部皮膚科教授
順天堂大学医学部附属順天堂浦安病院院長
1941年、宮崎県生まれ。67年、順天堂大学医学部卒業。
同大学医学部生化学助手・講師を経て、77年より米国デューク大学医学部皮膚科留学。
80年、順天堂大学医学部皮膚科助手に。講師、助教授を経て、
93年より現職。医学博士。著書に「からだがかゆい!」など


アトピー性皮膚炎のかゆみは、他の皮膚炎のかゆみよりも強いといわれています。
実際にアトピーの方々がつらいと訴えるのもかゆみです。でもいったい、かゆみはどうしておこるのでしょう。
今月号では、アトピーのかゆみがどうして起きるのか、高森先生にお伺いしました。

1.制御できないかゆみはどこから来るのか?

かゆみとは一体、どこからくるのでしょうか。
アトピー肌と普通の肌の違いはあるのでしょうか。

過剰に働く防衛反応

アトピー性皮膚炎(以下「アトピー」と略す)の人はたくさんの悩みを抱えていますが、その中でも特に辛いのは「かゆみ」です。眠れないほどのかゆみが起こり、掻いてはいけないと知りつつもつい掻いてしまうと、余計にかゆくなって、血が出るまで掻いてしまったり……。「かゆみさえなければ」と願うのは、アトピーの人にとっては共通の思いでしょう。
かゆみに関しては、最近になりたくさんのことが医学的に明らかになりました。たとえば、かゆいという感覚が皮膚のどこで感じられているのかが、アメリカの皮膚科医シェリー医師によって解明されました。かゆみを起こす物質を含んだ熱帯植物のトゲを皮膚に刺してゆき、どの深さに達したときにかゆみが発生するかを調べたのです。すると、一番強くかゆみを感じる場所は、表皮と真皮の境界部分であることがわかったのです。
気温の変化や痛みを感じることは、生きていくために必要です。実は、かゆみを感じるのも人間が生きていくために必要な感覚で、肌に異物が付着した時にそれを払いのけようとする反応だと言われています。鼻に異物が入った時にくしゃみがしたくなるのと同じ反応です。アトピー肌はそれが過剰に反応している状態です。

「かゆみ」の感覚異常が掻破の原因

健康な肌は、かゆい場所を掻くと、それが痛みに変わることでかゆみが消えるのですが、アトピーの場合は掻けば掻くほどかゆくなるのはなぜでしょうか?
実は、アトピー肌は健康肌とは反対に、痛みの刺激がかゆみに変わってしまうのです。このことから、アトピー肌は刺激が伝わる仕組みに異常があることがわかってきました。
じんましんなどのかゆみは、抗ヒスタミン剤などのかゆみ止めによって止まりますが、アトピーの場合には、抗ヒスタミン剤でもかゆみが止まらないことがあります。これは、アトピー肌のかゆみにはかゆみを起こす物質であるヒスタミン以外の物質が関係しているためであることもわかってきています。
このように、アトピーの方々を悩ませてきた、かゆみに関する研究はどんどん進んでいます。

2.「かゆみ」のメカニズム

アトピー肌は普通の肌よりもかゆがりです。掻けば掻くほどかゆくなる、ちょっとした刺激でかゆみを感じる……それにはいくつかの理由があるのです。

アトピー肌のかゆみの原因

1. 免疫異常で炎症が起きやすい

かゆみの原因の一つはアレルギーによる炎症です。ハウスダスト、ダニ、花粉などが体内に侵入してくると、人間の体は免疫作用によって抗体を作ります。本来なら、これによって体内に入った異物は除去されるので、人間が生きていくためには必要な反応ですが、アレルギー体質の場合はこの作用に異常があり、真皮内に抗体が作られやすくなっているのです。このため、好酸球やリンパ球、肥満細胞などの炎症性細胞から、かゆみや炎症を起こす炎症性物質(炎症性サイトカイン)が発生しやすいのです。これらがアレルギー炎症を引き起こすため、アトピー肌ではアレルギー性のかゆみが起こりやすくなっているのです。

2. 乾燥しやすく外部刺激に弱い

いわゆるバリア異常もかゆみの原因です。アトピー肌はセラミドを主成分とする角質細胞間脂質が少なく、水が外に蒸発しやすくなっているため、肌が乾燥しやすくなっています。乾燥した肌ではバリア機能は十分に発揮されません。そのためアトピー肌は外部刺激に弱く、外部刺激はかゆみの発生部位である表皮と真皮の境界まで簡単に到達してしまうのです。同時に、アレルゲンや細菌、ウィルスなどが進入しやすくなり、かゆみの炎症も起きやすくなっています。


3. かゆみの神経線維が角層直下まで伸びている!

かゆみの刺激は主にC線維と呼ばれる細くて伝達速度の遅い神経を通って脊髄に伝わります。脊髄から大脳にその情報が伝わることで、人はかゆみを感じます。かゆみを感じるC線維の終末は健康な皮膚では、表皮と真皮の境界部分にあります(図A)。
ところが、アトピー肌の多くはかゆみを伝える神経線維が境界線を超え、角層直下の部分まで伸びています(図B)。皮膚が乾燥すると、表皮にあるケラチノサイトという細胞から出る神経成長因子(NGF)が増え、神経線維が伸びるためです。乾燥肌は肌のバリアーが破壊され、外部刺激を受けやすい状態になっているので、伸びた神経が過敏になり、かゆみを感じやすくなってしまっているのです。
正常な神経の状態にするためには、継続してスキンケアを行うことが必要です。


健康成人とドライスキンの皮膚の比較

4. その他のかゆみの因子

多因子性の疾患といわれるアトピーには、かゆみを引き起こす要因がたくさんあります。
ストレスは、かゆみの原因となるヒスタミンの血中量を増加させるため、かゆみの原因となります。
体温の上昇もかゆみの原因になります。これは、温度が高いほうが神経伝達の速度が速くなるためです。運動をしたり、お酒を飲んだり、熱いお風呂に入ったりするとかゆみが増すのはこのためです。寝る前にかゆくなるのは、体温が上がっているからです。
また、アトピー肌は、汗腺が詰まって汗が出にくくなっています。そのため汗による放熱作用が起きません。その結果体温が上がり、詰まった汗が皮下で刺激になってあせもやかゆみの原因になります。

心療内科で見る心・体・アトピーの関係

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心療内科で見る心・体・アトピーの関係

監修:中井吉英(なかい・よしひで)
監修:中井吉英(なかい・よしひで)
関西医科大学心療内科学講座教授
医学博士
1942年京都生まれ。69年関西医科大学卒業。同年、同大学院医学研究科入学(内科学専攻)。
72年九州大学医学部心療内科入局。
助手、講師を経て86年退職後、同年9月より関西医科大学第一内科講師、助教授を経て、93年12月より現職、現在に至る。
九州大学医学部および広島大学医学部非常勤講師。専門は心療内科学、消化器病学、疼痛学。
著書に『はじめての心療内科』(オフィスエム)などがある。

環境の変化やストレスがきっかけで、アトピー性皮膚炎(以下、アトピーと略します)が悪化したことはありませんか?
心と体、環境との「関係性」からアトピーを診る心療内科を取材しました。

1.心療内科ってどんなところ

誤解だらけの心療内科精神科とはまったく違います


心療内科という診療科は、平成8年に標榜科(病院や診療所が外部に広告できる診療科名)として認可されました。最近では心療内科を標榜する医師も増えてきたので、知っている方も多いのではないでしょうか。「心療」という文字から、「精神科に行くほどではない、その手前の病気を診てくれるところ」と連想する人も多いかもしれません。

後述しますが、実はこれは正しい認識ではないのです。さらに、心療内科医を標榜しているほぼ九十パーセントが精神科医であるといわれ、心療内科に対する誤解を生み出す原因となっています。

実際には、世間の偏見のために「精神科」を受診しづらい患者さんがより受診しやすいよう、「隠れ精神科」として「心療内科」を標榜している場合が多いと言われています。このために医師でさえ、「精神科」と「心療内科」の区別がつかない人が多いという実情があるのです。これでは一般の人が誤解してしまうのも無理がないですね。

体と心を切り離さず全人的医療を行うのが心療内科

医師には、体の病気を治す「身体科医」と、心の病気を治す「精神科医」がいます。身体科医には、内科医、婦人科医、外科医…など体の部分ごとに、さまざまな専門領域があります。
各科で体の病気を診ていくと、体だけを治そうとしても、治らないことがあります。たとえばアトピーのお子さんが、「お母さんに怒られるとかゆくなる」「好きなアニメ番組をみている間はかゆがらない」、といった話をよく聞きます。このように、症状に心のあり方が関わっている場合、心と体を切り離さず、両方の問題を解決していくことで、体の症状の治療を行う必要があります。
この考え方は「心身医学」といい、ドイツで生まれ米国で発展し、約50年前に日本の身体科医にも取り入れられました。「心療内科」は、「心身医学」を取り入れた全人的医療を行う内科なのです。全人的医療は本来、各科で行うのが理想です。心療内科医になるためには、まず内科全般と消化器や循環器など専門分野について学びます。内科医としてのトレーニングを行い、身体面の医学を基礎としていることが、精神科との大きな違いです。
その上で心と体をつなぐ自律神経系、内分泌系、免疫系の働きを基盤に、患者さんの「心と体」「患者さんと家族」「病気と社会環境」といったすべての「関係性」を診ていくことで治療を行うのです。

2.アトピーと心の関係

アトピーのかゆみの原因は、アレルゲンだけではありません。患者自身の心のありかたや患者をとりまく社会的な環境が、かゆみの原因となることがあります

アトピーの発症や経過に心のありかたが関わっていれば心身症


心療内科では「心身症と呼ばれる病態を持った患者さん」を診ています。日本心身医学会による定義では、「心身症とは身体疾患のなかで、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう。ただし神経症やうつ病など、他の精神障害に伴う身体症状は除外する」となっています。
つまり、患者さんの心のありかたや、患者さんをとりまく社会的な環境が体の病気の発症や症状の経過に関わっている場合が「心身症」です。うつ病などの心の病気や、心の病気に伴う体の症状は心身症ではありません。
心の病気は、精神科で治療する必要があります。心身症には、定まった症状があるわけではなく、人によって違った形で現れます。患者さんにたまたまアレルギーという素因があれば、アトピー性皮膚炎や喘息という形で症状が出るし、潰瘍ができやすい素因を持った人であれば、胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの症状が出ます。人それぞれの体の弱い部分に症状が現れるのです。

掻破行動とアレルギー反応は心の動きと関わっている

病気に心の状態が深く関わっている場合、治療のポイントとなるのは、患者さん自身が心と体の相関関係に気づくことです。心療内科ではそのことに気づいてもらうため、患者さんに催眠を施すことがあります。
ある慢性じん麻疹の患者さんの例をあげてみましょう。厨房の仕事に就職した男性患者さんは、大量の魚を調理するときに、必ずじん麻疹が現れました。
皮膚科で魚エキスのアレルゲン検査をしたところいずれも陰性でした。そこでその患者さんを、深い催眠状態に導入し、厨房で調理しているところを暗示しました。すると調理している仕草を始め、数分で体にじん麻疹が現れ、皮膚を掻き始めたのです。その患者さんは、催眠から覚醒後に驚いて、転職した理由や心の葛藤などについて話し始めました。
近年の基礎医学の研究により、この患者さんのじん麻疹のように、かゆみの素となるヒスタミンや炎症性物質は、抗原がなくても、体内にできることがわかってきました。
脳の働きが自律神経を介して、体の神経末端からさまざまな伝達物質を放出するからです。つまりアレルゲンがなくても、心の動きがアレルギー反応を引き起こすのです。アトピーでは、掻破行動(かゆくてかく行為)が症状を悪化させます。治療に際しては、掻破行動をいかにコントロールするかがポイントで、この患者さんのように、かゆみを引き起こす心の動きに気づくことが治療の第一歩です。掻破行動がさらに習慣化すると、「掻くことの刺激」が嗜癖(しへき)※化することもあります。かゆいわけではないのに、なんとなく掻き始め、それが刺激となって止まらなくなる——、掻く刺激に耽溺することで、心が何かから逃避している場合もあるのです。心と体に相関関係があることに気づき、患者さん固有の「掻破行動の意味」を探ることが必要です。
※嗜癖…あるもの・行動を特に好き好む癖。

心療内科とは精神科ではなく体と心を切り離さず両方の問題を解決する「心身医学」です。心療内科医は内科、消化器、循環器を学んだ上で心身面の治療を行います。

心身症と呼ばれる患者さんを診るわけですが、アレルギーという素因を持った方はアトピー性皮膚炎や、喘息という形で症状が出ます。体の弱い部分に症状が現れます。

最近の研究でヒスタミンや抗炎症物質は抗原がなくても体内で産生されることが分かってきました。心の動きで痒みが起こることがあるのです。

つまり心の動きがアレルギー反応を引き起こしてしまうので。心と体の相関関係を知ることもアトピー性皮膚炎治療の第一歩となることもあります。

ステロイドってなんだろう?

未評価です。

ステロイドってなんだろう?

木俣 肇(きまた・はじめ)
監修:木俣 肇(きまた・はじめ)
1953年生まれ。77年京都大学医学部卒業。
85年からUCLAに留学し、アレルギーの研究に従事。
アトピー性皮膚炎に関する研究を海外の雑誌に多数発表。
アトピー性皮膚炎患者の毛髪分析にて、ミネラル異常を世界で初めて報告。
アトピー性皮膚炎は適切な治療と、規則正しい生活、感情の豊かさ(愛情と笑い)によるストレス発散によって治療しうるとして、講演活動も積極的に行っている。

ステロイド剤が抱えるリスク

読者のみなさんのなかには、ステロイド剤を長年使ってきた、あるいは、いまも使い続けているという方もいらっしゃることでしょう。ステロイド剤は何に効き、何に効かないのか、どういうクスリで、どういうリスクがあるのかということを知っておきませんか。

ステロイド剤は何の薬か知っていますか?

アトピー性皮膚炎(以下、アトピーと略します)でツライ皮膚に、塗ればサッとかゆみが退いて、一瞬治った感じにまでしてくれる薬。でも、塗るのをやめればまたかゆくなって、前よりひどくもなる——。そういうイメージであれば、ステロイド剤は〝アトピーにとっていい薬”だと思われて当然かもしれません。途中でやめてしまうのにも抵抗があることでしょう。では、「ステロイド剤はアトピーを治すための薬だ」と医師から説明を受けたことはありますか?実は、ステロイド剤は、アトピーを治す薬ではなく、アトピーにより生じた炎症やかゆみという症状を一時的に抑えるための「免疫抑制剤」なのです。「免疫抑制剤」が持つ、炎症を抑える効果(抗炎症作用)が、一時的に炎症を抑え、そうすることでかゆみも抑えているだけ。〝炎症反応を抑制するような免疫抑制効果を薬で起こしているだけ”なのですから、効果は一過性。つまり、薬を使っている間だけといえます。

ステロイド剤は免疫抑制剤 アトピーを改善する役割はない

なぜアトピーにステロイド剤が処方されるのでしょう?

ステロイド剤にはアトピーによる炎症やかゆみを一時的に抑える効果はあります。しかし、根本的な炎症やかゆみの原因を断つものではありません。実は、ステロイド剤だけでアトピーが完治したという医学的なデータが発表されたことはありません。
しかし、「ステロイド剤でアトピーを治した」という人がみなさんの周りにもいるかもしれません。それは、ステロイド剤のダメージを受ける前に、その人の自然治癒力が勝ってアレルギー反応を改善したのだと考えられます。その人にとってはもともとステロイド剤は不要だったはずで、薬の使用歴も浅かったのではないでしょうか。日本だけでなく、欧米諸国でも、アトピーの対症療法としてステロイド剤を用いるケースが一般的で、それは、常識というより「習慣」になっています。ステロイド剤を使わない治療はまだ〝異端”で、特に日本では、先輩医師がしてきた通りのやりかたを受け継ぐのが、ごく普通のこととなっているのです。

アトピーをつくる3つの要因

アトピーは、原因が解明しづらい疾患です。しかし、アトピーを患っている人には3つの状態が共通して起こっていることが、免疫学者には周知の事実となってきました。

1. アレルギー
確かにそうです。ストレスの多い生活をして無理をすると、交感神経が緊張して血管が収縮し低体温になります。このときは、リンパ球は逆に少なくなって、交感神経優位で活発になる顆粒球が多い状態です。つまり、リンパ球は少なすぎても多すぎても低体温になるのです。自律神経のバランスが交感神経と副交感神経のどちら側に崩れても、血流が悪くなり体温は下がります。

木俣先生所有データより

2. 感染症
アトピーの方は、感染症の羅患率が高く、皮膚のバリア機能が低下しているために、健康な肌の方だと問題ない菌に対しても弱く、症状の一進一退や悪化の大きな原因になっています。

3. ストレス
人間関係や仕事、受験、別離などのストレスだけでなく、実は携帯電話、パソコン、ゲームなども、アトピーの方にとっては悪化を引き起こす原因となっています。

この3つが複雑に絡み合ってアトピーを発症させている——
アトピー性皮膚炎に対しては、上記三要素を包括的に捉えた治療がなされることがベストです。

ステロイド剤はアトピー性皮膚炎を、直接治すための薬ではありません。
 

免疫抑制剤でその中の抗消炎作用をアトピー性皮膚炎の患者さんに使っているにすぎません。

ステロイド剤を使ってアトピー性皮膚炎が治ったという論文がないことからも明白です。

ステロイド剤で治ったというのは、ステロイド剤のダメージを受ける前に自然治癒力でアトピー性皮膚炎が治癒したということです。