アトピー性皮膚炎の知識

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 渡邉美樹

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タイトル

あとぴナビ2010年12月号より
取材・文/末村成生 撮影/橋詰芳房

渡邉美樹
PROFILE
1959年生まれ。ワタミ株式会社代表取締役会長・CEO。
84年に有限会社渡美商事を創業。86年に株式会社ワタミ(現ワタミ株式会社)を設立。92年に居食屋「和民」を開発。2000年に東証一部上場。現在は外食・介護・高齢者向け宅配・農業など幅広く事業を展開している。個人として、学校法人郁文館夢学園理事長、医療法人盈進会(えいしんかい)岸和田盈進会病院理事長、公益財団法人スクールエイドジャパン代表理事、NPO法人「みんなの夢をかなえる会」理事長などを務める。

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漢方で見立てるアトピーの治し方(後編)

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漢方では、医食同源という言葉があるように、ふだんの食生活や生活スタイルから病気にならない体を作っていこうとしているのです。

漢方で見立てるアトピーの治し方

4.スキンケア・生活改善も大切な治療です

スキンケア

アトピー性皮膚炎の場合、皮膚のバリア機能を保持することがとても大切。漢方薬の内服による内側からの治療と合わせて、直接的な皮膚の保護作業も必要です。適切な保湿・保護を行いましょう。漢方では「紫雲膏」という生薬を使った軟膏を、炎症や傷の部分に塗ることもあります。

生活改善・食養生

漢方医学の考え方のひとつに「未病を防ぐ」というものがあります。これは、病気として明らかな症状が出てくる前に、心身のバランスを整えて発症を防ごうというものです。病気になったから治療するのではなく、病気にならないように日々養生することが大切だということです。
養生で最も重視されるのが食事で、これを食養生といいます。食事は生命力の源ですから、何をどのようにして食べるかが問題だということなのです。一般的には、体を冷やす食べ物と温める食べ物のバランスが大切とされますが、アトピーの場合は気をつけてほしい食べ物がいくつかあります。白砂糖をふんだんに使った甘いもの、油を多く使ったもの、もち米で作ってあるもの、スナック菓子やファストフードなどはなるべく食べないほうがよいでしょう。
逆になるべく食べたほうがいいのは、野菜、根菜類、アレルギーがなければ大豆、海草類、小魚などです。ただし、生野菜や生の果物は体を冷やします。冷えのある方は積極的に温野菜を食べるようにしましょう。
その他、睡眠不足、運動不足、ストレスなどの生活習慣も合わせて改善しましょう。

オーダーメイド漢方薬

漢方で見立てるアトピーの治し方(前編)

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漢方で見立てるアトピーの治し方

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監修/村主 明彦(むらぬし・あきひこ)
社団法人北里研究所 東洋医学総合研究所
漢方診療部部長
1956年、宮城県生まれ。山形大学医学部、同大学院卒、医学博士。漢方診療専門機関の医師として幅広く診療活動を行う。(社)日本東洋医学会専門医、同学会評議員。

アトピーの治療で西洋医学の病院を訪ねたとき、「生活習慣の改善」「食事への注意」などをアドバイスされたことがあると思います。
実はこれは、漢方医学が最も重視する方法なのです。症状を抑えるのではなく、体質を改善することに重きを置く考え方は、漢方薬についても同様です。漢方医学を学んで、アトピーの改善に役立てましょう。

1.漢方医学とは

方医学といわれると漢方薬治療のことだと思いがちですが、漢方医学はそれだけではありません。
伝統的な中国医学すべてを指しています。たとえば鍼灸治療も漢方医学で、鍼灸の作用によって気の流れをスムーズにすることで、健康を保持しようというものです。

中でも漢方薬療法は最もポピュラーな漢方医学。
長い歴史と研究の繰り返しによって最も薬効が高い生薬の組み合わせにたどり着いたのです。

西洋医学との違いを見てみましょう。
西洋医学では、病気になるのは体のある部位に障害が起きたからだと考えます。
その結果、病名が決まり治療方針を決定します。
それに対して漢方医学は、病気は心身のバランスが崩れたり、自然界との交流がうまくいかなかったり、「気・血・水」の不調和があるために起きるものと考えます。
体のある部分を局所的にみるのではなく、心と体をひとつのものとしてとらえ、総合的に判断していきます。
治療方法も、人間が本来持っている自然治癒力を高め、心身のバランスを整えることで病気を治すことをめざします。

ですから、アトピー性皮膚炎に対しても、単に皮膚だけの病気とはとらえずに、体全体を正常に戻すことでアトピーを治そうと考えるのです。

症状を抑えるのではなく、アレルギーを起こしやすい体質そのものを改善しようとしているのが、漢方医学なのです。

漢方医学で大切にしているのは西洋医学同様、生活習慣を正したり、食習慣を整えることです。症状を抑えるより体質を改善しようという考え方から来ています。

西洋医学は病気になるとその部位を特定し、病名が決まり治療します。漢方医学では心身のバランスの崩れ、「気、血、水」の不調和が起こっていると考えます。

体を局所的に見るのではなく、自然治癒力を高め。心身のバランスを整えることで病気を治そうとします。

アトピー性皮膚の場合皮膚だけでなく、体質そのものを改善しアトピー性皮膚が起こりにくくしようと考えます。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 中村征夫

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あとぴナビ2010年6月号より
取材・文/大石久恵、撮影/橋詰芳房

中村征夫
PROFILE
中村征夫(なかむら いくお)
1945年、秋田県生まれ。19歳の頃、独学で水中写真、潜水を始める。以後、水中写真専門誌のカメラマンを経てフリーランスとなる。水中写真の第一人者として高く評価されると同時に、環境問題などを伝える報道写真家としても知られる。講演・出版物・テレビ・ラジオなど様々な媒体を通して、海の魅力と環境問題を訴え続けている。

海の中で繰り広げられる生き物たちのドラマに魅せられて40年あまり。水中写真の第一人者として知られる中村さんが海の撮影に費やした時間は、およそ2万9800時間にものぼります。世界各地の海で生き物たちの現在を記録し、写真を通して〈地球環境を守る大切さ〉を伝え続けている中村さんに、水中写真との出会い、写真にかける思いなどについてお聞きしました。

生き物たちの生命のゆりかごとなる珊瑚礁、ユーモラスな表情魚たち――。中村征夫さんは、弱肉強食の海の世界で健気に生きる生き物たちを温かな目線でとらえた作品で知られる写真家です。水中写真家を志すまでは、カメラにさわったことも、海に潜ったこともなかったという中村さん。
「よく続けてこられたと我ながら不思議です。海の中で懸命に生きる生き物たちに魅かれて、ここまで来てしまったのかな」

本当にやりたい仕事をずっと探し続けた

「僕がこの仕事をやろうと決めたのは19歳のときです。〈水中写真〉と出会った瞬間、体が震えるほど感動しました」。
高校卒業後、経済的に自立したい一心で故郷の秋田から上京した中村さんは、東京の電器店に就職。しかし、「自分はサラリーマンには向かないなあ」と1年で退職。その後、酒店の御用聞きなど様々な職を転々としながら、「一生かけて取り組む仕事」を探し続けます。
「自転車に乗って御用聞きにまわっていても、頭の片隅に常に霞がかかったようなもやっとしたものがある。このもやもやはなんだろう?といつも自問していた」。そして「やりたいことに出会うまで、どんな仕事でも誠実に取り組もう。そうすれば、道はおのずと開けるはず」と、もやもやが晴れる日をひたすら待ち続けたといいます。
そんなある日、休日にたまたま訪れた海で、水中撮影をしていたダイバーたちに遭遇します。それはまさに運命の出会いとなりました。

水中写真と出会い独学で修行に励む

27-2「全身真っ黒なウエットスーツ姿で、カメラをぶらさげている人たちをみて、何やってるんだろうと思わず声をかけてしまいました」。
 当時は、水中撮影はおろかダイビングも珍しかった時代。ダイバーたちの話を聞いた中村さんの胸は高鳴ります。「魚のように水中に潜って写真が撮れるのか?」体がワナワナと震えていました。「おれがやりたかったのはこれだ!」と確信した瞬間です。
 翌日には、貯金をはたいて水中カメラとウエットスーツを購入。それからは休日のたびに1人で海に潜り、独学で水中写真を撮り続けました。「写真の知識はほとんどなかったし、シュノーケルの使い方もわからず潜るときは外してた~笑~。現像に出すと何も写ってない真っ白な写真ばかり。写真屋に光が足りないと言われても、当時は露出と絞りの関係も知らないから意味がわからなかった」。
 ゼロからの出発。失敗の連続。真っ白い写真ばかりでも、がむしゃらに水中撮影を続けて2年近くたったある日、中村さんは感動的な光景に出くわします。「3メートルほど潜って岩にしがみつき、何気なく上を見上げたときだった。太陽がキラキラと輝き、1匹の魚が頭上を通り過ぎていく光景にハッとしました。今、俺は魚よりも深く潜っている!と感動してシャッターを押すと、1枚だけ魚が写っていました。そのとき初めて光が足りないという意味もわかってね」。写真修業に励むうち、「もやっとしたもの」は、いつの間にか消えていたという中村さん。その後も波乱万丈な曲面を何度も乗り越え、現在に至っています。「ここまで来れたのは、絶対にやりたいことをみつけるという信念を捨てなかったおかげ。諦めなければ、必ずみつかるものだと思いますよ」。

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海の撮影を通して、生態系の変化を実感

これまで世界中の海を撮影してきた中村さんですが、リゾート開発などに伴い、海の生態系が年々変化し続けていることには危機感を感じています。
「地球環境を守るためにも、人間が〈自然界の生態系〉を壊してはいけない!と、多くの人たちに知ってもらう必要がある。今や世界中の珊瑚礁が温暖化による白化現象を引き起こし、危機的状況といえるけど、生態系に多大な影響を与えているのは、実は生活排水など人間が垂れ流す汚染物質。これらがめぐりめぐって環境汚染へとつながっているわけです」。
 最近では、珊瑚の世界でも人間同様にガンをはじめとした病気が流行り、赤ちゃん珊瑚が減少し、少子高齢化が進んでいます。人間の生活が便利になればなるほどに、生態系が侵されていくのです。娘さんが乳幼児期にアトピーになった経験も、中村さんが環境汚染について考えるきっかけになりました。
「一度だけステロイドを塗ったらすぐにきれいになった。それが逆に怖くて薬はきっぱりやめました。その後は成長とともに体が整い、すっかりよくなりました。あのとき薬を使い続けなくてよかったと思います」。

写真を通して伝えていきたいこと

1993年、中村さんはロケ先の奥尻島で大津波に襲われ、九死に一生を得る経験をしています。
「あれ以来、写真を通じて地球環境を守る大切さを伝えていくのが自分の使命。そのために自分は生かされていると考えるようになりました」。
 海はさまざまな顔を持っています。美しいばかりでなく、牙をむくような恐ろしい一面も持ち合わせていますが、海の中では生き物たちの豊かなドラマが繰り広げられています。
「油断したら食われてしまう食物連鎖の中で、生き物たちは懸命に生きている。そんな瞬間と対峙できるのが、この仕事のいちばんの魅力」。
 魚たちは陸上の動物に比べて表情に乏しいかもしれません。でも、海の中のドラマを引き出し、その瞬間を伝えるために、中村さんはこれまで培った予感や予測などを総動員し、撮影し続けます。「この魚はそのうちこっち向いてあくびするぞとかね。失敗も多いけど、魚と騙し合いをして、一瞬のドラマが撮れたときはうれしいね。百戦錬磨の自然界のつわものたちの裏をかいたぞ!ってね。ぼくには未完のテーマがいくつもあります。独立したてのころから30年以上通っている東京湾の水中撮影も続けていきたいし、これからもずっと海に関わるテーマを追いかけていきたいですね」。

医療ナビ 子供のアトピー性皮膚炎、発症・悪化研究最前線(後編)

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4.アトピー性皮膚炎悪化の原因と対策

アトピーを悪化させる要因は決してひとつではありません。人によって悪化因子は違いますが、ドライスキンによって弱まったバリア機能と大きな関係があることがわかってきました。

アトピー性皮膚炎の改善のためには悪化因子を把握することが大切

アトピーの症状を悪化させる要因にはさまざまなものがあります。
表4は群馬大学で調査されたアトピーを発症している人にとっての悪化因子に関するアンケート調査です。

平均22歳の成人48人中、悪化因子として飛び抜けて多かったのが汗(17名)で、次いでダニ、衣類と続いています。
この48人がアトピーになり始めた子どもの頃、何が悪化因子だったかを調べると、1位は鶏卵(27名)、次いで牛乳(21名)、汗は3番目(17名)でした。
このように、年齢によって悪化因子は変わっていくのです。
アトピーを改善するためには、自分のアトピーにとっての悪化因子を把握することが大切です。

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乳児期は食物アレルギー、幼児期は汗やダニ

群馬大学の調査でもわかるように、子供のころと成人してからでは悪化因子は必ずしも同じではありません。
表5は東京大学で調査された悪化因子の割合を年代別に示したものです。
これを見るとわかるとおり、食物アレルギーは年を経るにしたがって減少し、汗は逆に増加しています。

乳児期に食物アレルギーが悪化要因になりそれが次第に減少していくのは、消化管が成熟することと、免疫機能も発達し、バランスのとれた反応ができるようになるためと考えられます。
乾燥が増加していくのは、成長するにつれてドライスキンが進行し、肌のバリア機能が弱まり、外部刺激に敏感になることと関係があります。
汗をかきやすい赤ちゃんですが、赤ちゃんのころは皮脂も十分に分泌されているので水分が蒸発せず、
皮膚を守るバリア機能が効果を発揮しているからです。
これは、皮脂が多い鼻の頭にはアトピー症状が出にくいことからもわかります。
このことから、乳児期は食物に、幼児期になったら汗やダニなどの外的因子に注意することが大切になってくるのです。

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ドライスキンは重要な悪化因子、スキンケアが大切

ドライスキン(肌の乾燥)は年齢とともに進みます。表5の結果とも関連していますが、皮脂の分泌はどんな人でも3歳ごろには少なくなっています。
ドライスキンはバリア機能が弱まっているので、さまざまな外的因子がアトピーを悪化させてしまうのです。

バリア機能を障害する要因には、外的因子と内的因子があります。外的因子としては、紫外線、湿度、掻き壊し、汗、衣類、石鹸の多用、微生物などさまざまで、内的因子には皮脂分泌などの生理機能、遺伝的素因、ストレスなどがあげられます。

活動的になる幼児期からは、ドライスキンを防止するためにスキンケアが大切になってくるのです。ドライスキンとアトピー悪化の関係は現在調査が進められています。

対策

乳児期は食物アレルギー、幼児期は汗やダニ

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汗がアトピーの悪化因子となるのは、汗をかくとかゆくなるからです。

自分の汗を皮下注射する実験を行うと、アトピーの人の80%以上に発疹ができるというデータがあります。
アトピー患者の汗には何らかのかゆみの刺激となる成分が入っているか、その成分に敏感であることが考えられます。
しかし汗をかくこと自体が悪いのではありません。
むしろ運動して汗をかき、代謝を促進することは大切です。
ただ、汗をかいた後皮膚に汗の成分を残すことがよくないのです。

実際に、小学校でシャワー浴を実施し汗を洗い流したら、アトピーが明らかに改善したという報告もあります。
家庭でも汗を洗い流して、アトピー改善に役立てましょう。

このとき注意しなくてはならないのは、汗だけでなく皮脂を落として皮膚のバリア機能を弱めてしまうことです。 皮脂を落としすぎないように、シャワーの浴びすぎや熱いお湯の使用は避けましょう。

体温±2℃程度がベストの水温といわれています。
石けんなどは1日に何度も使うのはやめましょう。

しかし、注意して汗を流しても皮脂は失われます。
まだ体がぬれているうちに保湿剤を塗れば、脂分と水分のバランスを保てるため、バリア機能はさらに高まることも覚えておきましょう。

アトピー性皮膚の悪化因子は人により年齢によりさまざまです。子供は例えば鶏卵、牛乳、汗。大人は汗、ダニ、衣類などが悪化因子となります。

乳児期は食物、幼児期は汗やダニなどの外的因子に注意することが大事です。ドライスキンは年と共に進むのでアトピー性皮膚の悪化因子として要注意です。

汗は決して悪化要因というわけではありません。むしろ運動で代謝を促進するのは大事なこと。

汗は洗い流すことが肝心です。その際に流し過ぎないこと、また体が濡れているうちに適切なスキンケアを行いましょう。皮脂と水分のバランスを保つためにも大切です。

医療ナビ 子供のアトピー性皮膚炎、発症・悪化研究最前線(前編)

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監修/河野 陽一(こうの・よういち)
千葉大学大学院医学研究院
小児病態学教授
1973 年、千葉大学医学部卒業。専門は小児科学、小児アレルギー学、小児免疫学など。
アトピー性皮膚炎の障害臓器決定に関わる細胞接着分子CLAの存在を解明するなど、多くの業績がある。
現在は厚生労働省、免疫アレルギー疾患予防・治療研究事業において、
「アトピー性皮膚炎の有症率調査法の確立および有症率(発症率)低下・症状悪化防止対策における生活環境整備に関する研究」の主任研究者を務めている。

厚生労働省では、免疫アレルギー予防・治療研究事業として、アトピー性皮膚炎の発症・悪化について全国レベルで調査が行われ、予防対策について検討されています。
厚生労働省の研究事業でもあるこの調査・研究がどこまで進んでいるか、アトピー性皮膚炎の研究最前線をお伝えします。

1.アトピー性皮膚炎有症率に世代間で差がある理由

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東京大学の研究チームが昨年、東京大学職員2123名を対象に成人のアトピー性皮膚炎(以下アトピーと略す)の有症率を調査しました。
この調査によると年代別の有症率は、
20代で9.8%(うち軽症者は76.9%)、
30代で8.7%(軽症者は72.2%)、
40代で4.4%(軽症者は82.4%)、
50〜60代では2.6%(軽症度100%)
という結果になりました。
.年齢が高くなるほどアトピーの有症率が減っているという結果から、「やっぱりアトピーは子どもの病気。大人になれば治るんだ」と考えた方がいるかもしれません。
本当にそうなのでしょうか?

確かに以前は子どもでアトピーを発症しても、成長するに連れて症状が寛解する場合がほとんどでした。
しかし、今の子どもたちが高齢化したとき、アトピー有症率は激減するでしょうか。
おそらくこの割合は大きく変わらない可能性があります。
と言いますのは世代間の有症率の違いは、年齢による差ではなく、それぞれの世代が乳幼児期を過ごした環境の差で、戦後大きく変わった生活環境や食習慣が、世代間のアトピー有症率に大きく影響していると考えられるからです。

この仮説を裏付けるために、発育とともに子どものアトピーがどのように変わっていくのかという研究も進んでいて、長期間同じ子どもたちを調査対象にしてアトピー症状の変化を調べる追跡調査も行われています。

2.アトピー性皮膚炎発症の実態とメカニズム【1】

アトピー性皮膚炎有症率の調査によって、アトピー発症のメカニズムがだんだん明らかになってきています。
アトピー発症に大きく関係するのは乳幼児期を過ごした環境と大きく関係があることがわかってきました。

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子どもの10人に1人がアトピー性皮膚炎

平成14年度に厚生労働科学研究の一環として、アトピー性皮膚炎の全国調査が行われました。アンケート調査でなく、実際に医師が診断を行った調査で、乳幼児〜学童までのアトピー有症率には大きな差がありませんでした。
全国平均でみると、生後4カ月では12.8%、1歳6カ月では9.8%、3歳で13.2%、小学1年生で11.8%、6年生で10.6%でした。年代によって多少違いはありますが、乳幼児〜学童期ではおよそ10人に1人がアトピーを発症していることがわかりました。
.平成4年度に行われた同様の調査では、1歳6カ月で5.3%、3歳で8.0%でした(表1)。1歳6カ月では約1.8倍、3歳では約1.6倍に増加していることがわかります。
ところが、3歳児を対象に行った別のアンケート調査によると平成8年から13年の間でアトピーの有症率はわずかに減少していることがわかります(表2)。
実際にアトピー患者が増えているのか、減っているのかは、これからの研究が必要ですが、およそ10人に1人がアトピーという数字は決して少なくありません。
生活の質を低下させるこの疾患の性質からも、今後の対策を考えていく必要があります。

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アトピー性皮膚炎は遺伝因子と乳幼児期の環境因子が複雑に絡み合って発症する

この全国調査によると、子どもではアトピー有症率に男女差はほとんどありませんでした。
また、かつては農村部と都市部で有症率に差がありましたが、最近は差がなくなっています。
これは全国的に環境のミニ都市化が進行したことが原因ではないかと予想されています。
これらの有症率に関するデータから考えられることは、乳幼児期に育った環境の影響は、アトピー有症率に大きく反映するということです。

もちろん似たような条件で育ってもアトピーを発症する子どもとしない子どもがいます。
環境因子と遺伝因子が複雑に絡み合って、アトピーは発症するからです。
こうした発症のメカニズムについても、さまざまな研究が進められています。

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子供は大人になればアトピー性皮膚は治るのでしょうか。生活環境が昔とは大きく変わり必ずしも良くなるわけではないようです。

調査によると乳幼児期の環境とアトピー性皮膚の発症が関係あるようです。ただしアトピー性皮膚の乳幼児の有症率はわずかに減少しています。

男女差はほとんどなく、地域差も減っていることから全国的に環境がミニ都市化していることが考えられます。

妊娠中の母親の風邪や黄色ブドウ球菌が乳幼児のアトピー性皮膚の発症に関係するというデータもあります。さらなる調査が待たれます。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 金澤翔子

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金澤翔子さん

あとぴナビ2010年4月号より
取材・文/大石久恵 、撮影/橋詰芳房

 

金澤翔子さん

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PROFILE
金澤翔子(小蘭)
1985年東京生まれ。母でもある金沢蘭鳳に師事し、5歳より書道を始める。10歳で「般若心経」を書く。14~17歳の間、日本学生書道文化連盟展で金賞、銀賞を毎年受賞。19歳で雅号、小蘭を取得。20歳で銀座書廊において個展「翔子 書の世界」を主催。以降、数々の個展を開催し、鎌倉建長寺や京都建仁寺へ書の奉納も行う。
金澤泰子(蘭鳳)
女流書家。学生時代より、短歌、能を学ぶ。1977年、書道「学書院」に入会し、柳田泰雲に師事。1985年、翔子誕生。1990年、翔子のために久が原書道教室を始める。1998年、書道「泰書會」に入会。柳田泰山に師事。著書に『愛にはじまる』(ビジネス社)、『天使の正体』(かまくら春秋社)がある。

 

ダウン症候群の金澤翔子さんは、二十歳のときに初の個展を開いて以来、多くの人に感動を与える書道家として活躍しています。翔子さんを支えるお母さまの泰子さんも、後進を指導するベテランの書道家です。「ダウン症の娘を授かり、かつては悲嘆にくれたこともありましたが、今は翔子が私の娘で幸せです」。金澤さん母娘がこれまで歩んできた道のりや、天衣無縫な翔子さんの魅力について、泰子さんに数々のエピソードを伺いました。

 

昨年秋、京都の名刹・建仁寺で、国宝「風神雷神図屏風」の隣に「風神雷神」の書が展示されました。書の作者は金澤翔子さん。ダウン症候群の女流書道家です。
「風神雷神図」といえば、江戸時代を代表する画家・俵屋宗達の最高傑作。屏風の右側に黒雲に乗って風を操る風神、左側に雷太鼓を打ち鳴らす雷神の姿が描かれ、天空を駆ける両神のダイナミックな構図で知られます。
この国宝に関する知識はなくとも、何の迷いもなく書きあげた、躍動感にあふれる翔子さんの作品は、奇しくも「風神雷神図」の構図と同じでした。
「風神と雷神の向きや余白が同じように書きあがったときは驚きました」。母・泰子さんをはじめ、周囲の人たちが息をのんだ瞬間でした。
 

出生、そして葛藤

翔子さんがこの世に生を受けたのは、泰子さんが42歳のとき。3回の流産を経ての待望の出産だったため、産後、医師から「知的障害があり、一生歩くことができないかもしれない」と告げられたときは、奈落の底に落とされた思いでした。
「将来に希望のない子を授かってしまった」「障害を持つ子がなぜ私の元へ?」と涙、涙の毎日。「周囲に迷惑をかけないよう、二人でどこかに消えてしまおうか」と、当時の日記には心の葛藤が綴られています。思いつめて、地震が来たらベランダから落としてしまおうか?と考えたことさえありました。
「でも、実際に地震が来たら『翔子!』と抱いて守ってしまったんです」。わが子を殺すことも、一緒に死ぬこともできない…。
「生きていくしかないんだ」と、泰子さんは思いとどまりました。「といっても、なかなか希望を持つことができず、『もしも神様がいるのなら、奇跡を起こしてほしい』『ダウン症が治るのなら私の命を差し出します』と、ひたすら祈りました」。翔子さんが3歳になるまでは葛藤が続いたのです。

 

転機

「以前、ダウン症で医師になった人がいるという話を聞いたんです。今思えば聞き間違えか何かだと思いますが、当時は光が見えた気がしました」。地震から本能的にわが子を守ったことで、強い母性に気づいた泰子さんは、少しの可能性にでもかけてみたいという思いでいっぱいでした。
その後は「この子にも何か可能性があるかもしれない」と、ピアノやスイミングなど、様々な経験をさせるようになります。
もともと書道の師範だった泰子さんは、5歳の翔子さんに書道も教え始めます。そして、10歳のときに親子で〈般若心経〉に挑戦し、書道に真剣に取り組み始めました。
大きな紙に升目を引き、一字一字厳しく指導。「そうじゃないでしょ?」「何回言えばわかるの!?」。母の厳しい言葉が飛ぶたびに、翔子さんは涙をぽろぽろとこぼしました。でも、一行書くたびに「ありがとうございました」と先生である母に頭を下げ、最後まで書き上げました。
「当時の翔子は、文字の骨格となる〈斜め右上がり〉と〈平行〉という概念を理解できませんでした。そこで母娘で坂を登っては下り、踏切でひたすら線路を見せて、体で覚えさせました」。今でも、右上がりの線を〈坂〉、平行に書くことを〈線路〉と呼ぶ翔子さん。翔子さんの躍動感あふれる文字には、母が懸命に寄り添い、身につけさせた書道の基本が生きています。

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信頼

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今では深い信頼関係で結ばれている金澤さん母娘。その信頼の根っこは、翔子さんの出生時の強運にあるといいます。
泰子さんは、当初大学病院で出産する予定でしたが、さまざまな偶然が重なって個人産院で出産し、妊娠中に羊水検査を受けることがありませんでした。
また、自然分娩を薦められましたが、帝王切開を選びました。「もしも大学病院に行ったら、羊水検査でダウン症とわかり妊娠を断念していたかもしれません。それに、自然分娩していたら、翔子は命を落としていた可能性が高いんです」。
「この子は、この世に生まれてきたくて生まれてきた子。だから『何があっても翔子は大丈夫』と信じられます」。泰子さんは翔子さんの可能性を広げるため、なるべく手を貸さずに自分でやらせます。
「ダウン症は何もできないと思われがちだけど、料理も掃除も教えて、買い物もできます。スーパーではレジの千の位を見て、千円札を1枚多く出しておつりをもらう術を心得ています。時計の読み方がわからなくても、好きなテレビ番組の時間はなぜかわかるの(笑)。彼女なりの方法で、生きる知恵を持っています」。
帰りが遅いと「迷子になったのでは?」と周囲が気をもむこともありますが、泰子さんは「大丈夫。帰ってくるわよ」と、動じません。お母さまがドーンと構えて、いつも笑顔でいることが、翔子さんの安心感となっているのです。
 

無垢

「ダウン症の子って、競争心も妬みも持たず、愛にあふれているんですよ」。翔子さんにとって、人に喜んでもらうことが自分の喜び。中でも「お母さま」に喜んでもらいたくて書道を続けています。
「彼女は『うまく書きたい』と計算せず、駆け引きのない無垢な心で書いています」。幼少期から体で覚えた文字の骨格。そこに天真爛漫で無垢な線が乗ったとき、周囲をハッとさせる奇跡が起こります。翔子さんには、たびたび書道の神様が舞い降りたのか?と、周囲を驚かせる瞬間があります。
「偶然といえば偶然ですが、私にはこんな字は書けないなと思う瞬間です。『翔子は魂の純度が高いんだなあ。それが字に表れているのかもしれない』と思いました」。1000人に1人といわれるダウン症は、染色体が人より1本多いがゆえに、知的障害もあるけれど、ひとつのことに取り組む集中力や周囲を和ませる資質を持っています。慈愛に満ちたまっすぐな心。これは、神様が与えてくれた1000人に1人の奇跡なのでしょう。

 

使命

結婚当初は「女の子が生まれたら日本一の書道家に」と考えていた泰子さん。それだけに、障害を持つ子を授かったときの落胆は大きなものでした。でも、翔子さんとともに歩むうちに「この子には、この子のよさがある」と肩の力が抜けていきました。「翔子は何をしてもビリでしたが、ビリにはビリの役割があるんです。学校の先生にも、『翔子ちゃんのいるクラスは雰囲気がやさしくなる』と言ってもらいました」。あるとき、泰子さんは友人から「お嬢さんには天が与えた才能がある。でも、それは天から与えられた役目があるということよ」と言われ、「これからはほめられて喜ぶばかりでなく、『人の役に立ちたい』と考えるようになりました」。
かつての自分が乳児期の翔子さんを泣きながら育ててしまったことを後悔しているだけに、「泣きながら育てないで!」「ダウン症の子はすごくいいものを持っているのよ」と、多くのお母さんたちに伝えていきたいと言います。
「これからは翔子の姿を多くの人たちに見てもらい、障害児のお母さんたちに希望を持ってもらえたらと思っています。それは私たち親子が天から授かった使命なのでしょう」。

医療ナビ 科学物質過敏症とアトピー(後編)

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科学物質過敏症とアトピー

3.生活行動面を工夫して化学物質の対策を

化学物質フリーの生活は不可能でも、工夫次第で化学物質による影響を減らすことができます。

温熱療法

汗をかきやすい身体に入浴で化学物質を排泄
化学物質汚染の少ない温泉などによる、ぬるめのお湯への入浴が効果的。
入浴で汗をかくことによって、化学物質が体外へ排出されます。

なぜ温泉がいいの?
一般的に化学物質汚染が少ないことに加え、温泉は化学物質によって乱された自律神経を調整したり、身体の芯からあたためて新陳代謝を高める作用があります。また、皮膚の保湿効果もあるので、化学物質過敏症やアトピー性皮膚炎にも良いでしょう。

栄養療法

無農薬野菜で必要栄養素を取ろう
身体の中に有害な化学物質が入ると、排泄のためビタミンやミネラルなどの必要量が増加します。食品の栄養価は、化学農法より無農薬栽培のものが高く、しかも季節が旬のものに多く含まれています。また、食品添加物のなるべく入っていないものを選びましょう。

ビタミンの取り方

ビタミンC・Eやカロチノイドの多い食事を摂りましょう。身体に入ってきた化学物質(生体異物)の負担が大きいとき、ビタミンCの必要量が増えるといわれています。

ビタミンCは、1日におよそ2gの摂取が望ましいとされますが、サプリメントなどでとる場合、胃を荒らすことや、一度に大量摂取するとすぐに排泄されてしまうことに注意。このため、食事中や食後に摂ることをおすすめします。また、体質によってはサプリメントに入っている添加物に反応する場合もあるので、なるべく無添加のものを選んで。

ビタミンC・Eの豊富な食べ物

ミネラルの対策

亜鉛、マグネシウム、セレニウムなどのミネラルの多い食事を摂りましょう。含有量は野菜の場合、化学農法で作ったものよりも無農薬栽培で作ったものの方が高いことが知られています。マグネシウムは天然塩のにがり成分、精製されていない塩に含まれています。

カルシウムや亜鉛も不足すると神経過敏を招き、肌荒れにつながります。亜鉛はサプリメントなどで単体で摂取すると、他のミネラルの吸収が抑えられることがあるので、気をつけて。
サプリメントでミネラルを取る場合は、総合複合型のものを利用しましょう。

ただし、化学物質過敏症においてサプリメントが有効な人、無効な人、有害になる人がいます。有効な人でも長期間摂取することにより無効になったり、有害になったりすることがあります。ビタミンやミネラルは、基本的には安全性の高い食品から摂取するべきです。

サプリメントはあくまでも対症療法として考えましょう。

適度な運動をして新陳代謝がさかんな体に改善

適度な運動も有効です。ただし体力に合わせて楽しく運動しましょう。テニスやジョギングなど特定の運動にとらわれず、まずは散歩から。運動も温熱療法のひとつで、新陳代謝をさかんにし、汗をかくことで体内の化学物質を排泄するのに役立ちます。

運動で、蓄積していた化学物質が排泄され始めると、一時的に化学物質過敏症の症状が悪化することがありますが、これは一種の離脱症状であり、化学物質に対する過敏症の状況が軽減していく中では必要な経過であるといえます。

規則正しい生活で身体環境の改善

身体は化学物質だけではなく、電磁波などの物理的ストレス、精神的ストレスにも影響されています。

例えばコンピュータ画面からの低周波の電磁波もアレルギーに影響を及ぼします。

モニターはブラウン管より液晶の方が電磁波は少ないですし、携帯電話からは強い電磁波が出ています。携帯電話を使う場合にはイヤホンマイクを使うことをお勧めします。

また、真っ暗なところで早めの睡眠をとることが実は大切。夜の間に、脳の松果体から分泌されるホルモンのメラトニンは、暗くなると盛んになります。メラトニンは毎日の生活のリズムを正しくし、昼の間に身体の傷んだ部分を修復してくれます。メラトニンの分泌を盛んにする深い睡眠をとり、毎日の生活を規則正しくすることが自律神経やアトピー性皮膚炎の回復には欠かせません。

もちろん精神的ストレスをためないよう、気分転換も大切。周囲の人も化学物質過敏症を「気のせい」としてしまうと、患者にとっては厳しい環境になってしまいます。正しい知識を持って、理解してあげましょう。

化学物質除去に有効なのが温泉やぬる湯の入浴です。汗をかくことで化学物質を体外へ排出できます。皮膚の保湿効果はアトピー性皮膚炎にも良いでしょう。

食事にも気をつけましょう。野菜は無農薬栽培のものがお勧めです。化学物質が体内に入るとビタミンCの必要量が増えます。なるべく食事で摂りましょう。ミネラルが必要ですができるだけ食品から摂取するようにしましょう。

適度な運動もお勧めです。汗をかくことで化学物質を排泄できるからです。最初は離脱症状がでるかもしれませんがこれは必要な過程でもあります。

毎日のストレスからの解放も大切です。コンピュータやスマートホンなども遅くまで使わず暗くして寝ることです。規則正しい生活は自律神経やアトピー性皮膚炎の回復には必要です。