あとぴナビ/スペシャルインタビュー 中村征夫


nakamuraikuo

あとぴナビ2010年6月号より
取材・文/大石久恵、撮影/橋詰芳房

中村征夫
PROFILE
中村征夫(なかむら いくお)
1945年、秋田県生まれ。19歳の頃、独学で水中写真、潜水を始める。以後、水中写真専門誌のカメラマンを経てフリーランスとなる。水中写真の第一人者として高く評価されると同時に、環境問題などを伝える報道写真家としても知られる。講演・出版物・テレビ・ラジオなど様々な媒体を通して、海の魅力と環境問題を訴え続けている。

海の中で繰り広げられる生き物たちのドラマに魅せられて40年あまり。水中写真の第一人者として知られる中村さんが海の撮影に費やした時間は、およそ2万9800時間にものぼります。世界各地の海で生き物たちの現在を記録し、写真を通して〈地球環境を守る大切さ〉を伝え続けている中村さんに、水中写真との出会い、写真にかける思いなどについてお聞きしました。

生き物たちの生命のゆりかごとなる珊瑚礁、ユーモラスな表情魚たち――。中村征夫さんは、弱肉強食の海の世界で健気に生きる生き物たちを温かな目線でとらえた作品で知られる写真家です。水中写真家を志すまでは、カメラにさわったことも、海に潜ったこともなかったという中村さん。
「よく続けてこられたと我ながら不思議です。海の中で懸命に生きる生き物たちに魅かれて、ここまで来てしまったのかな」

本当にやりたい仕事をずっと探し続けた

「僕がこの仕事をやろうと決めたのは19歳のときです。〈水中写真〉と出会った瞬間、体が震えるほど感動しました」。
高校卒業後、経済的に自立したい一心で故郷の秋田から上京した中村さんは、東京の電器店に就職。しかし、「自分はサラリーマンには向かないなあ」と1年で退職。その後、酒店の御用聞きなど様々な職を転々としながら、「一生かけて取り組む仕事」を探し続けます。
「自転車に乗って御用聞きにまわっていても、頭の片隅に常に霞がかかったようなもやっとしたものがある。このもやもやはなんだろう?といつも自問していた」。そして「やりたいことに出会うまで、どんな仕事でも誠実に取り組もう。そうすれば、道はおのずと開けるはず」と、もやもやが晴れる日をひたすら待ち続けたといいます。
そんなある日、休日にたまたま訪れた海で、水中撮影をしていたダイバーたちに遭遇します。それはまさに運命の出会いとなりました。

水中写真と出会い独学で修行に励む

27-2「全身真っ黒なウエットスーツ姿で、カメラをぶらさげている人たちをみて、何やってるんだろうと思わず声をかけてしまいました」。
 当時は、水中撮影はおろかダイビングも珍しかった時代。ダイバーたちの話を聞いた中村さんの胸は高鳴ります。「魚のように水中に潜って写真が撮れるのか?」体がワナワナと震えていました。「おれがやりたかったのはこれだ!」と確信した瞬間です。
 翌日には、貯金をはたいて水中カメラとウエットスーツを購入。それからは休日のたびに1人で海に潜り、独学で水中写真を撮り続けました。「写真の知識はほとんどなかったし、シュノーケルの使い方もわからず潜るときは外してた~笑~。現像に出すと何も写ってない真っ白な写真ばかり。写真屋に光が足りないと言われても、当時は露出と絞りの関係も知らないから意味がわからなかった」。
 ゼロからの出発。失敗の連続。真っ白い写真ばかりでも、がむしゃらに水中撮影を続けて2年近くたったある日、中村さんは感動的な光景に出くわします。「3メートルほど潜って岩にしがみつき、何気なく上を見上げたときだった。太陽がキラキラと輝き、1匹の魚が頭上を通り過ぎていく光景にハッとしました。今、俺は魚よりも深く潜っている!と感動してシャッターを押すと、1枚だけ魚が写っていました。そのとき初めて光が足りないという意味もわかってね」。写真修業に励むうち、「もやっとしたもの」は、いつの間にか消えていたという中村さん。その後も波乱万丈な曲面を何度も乗り越え、現在に至っています。「ここまで来れたのは、絶対にやりたいことをみつけるという信念を捨てなかったおかげ。諦めなければ、必ずみつかるものだと思いますよ」。

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海の撮影を通して、生態系の変化を実感

これまで世界中の海を撮影してきた中村さんですが、リゾート開発などに伴い、海の生態系が年々変化し続けていることには危機感を感じています。
「地球環境を守るためにも、人間が〈自然界の生態系〉を壊してはいけない!と、多くの人たちに知ってもらう必要がある。今や世界中の珊瑚礁が温暖化による白化現象を引き起こし、危機的状況といえるけど、生態系に多大な影響を与えているのは、実は生活排水など人間が垂れ流す汚染物質。これらがめぐりめぐって環境汚染へとつながっているわけです」。
 最近では、珊瑚の世界でも人間同様にガンをはじめとした病気が流行り、赤ちゃん珊瑚が減少し、少子高齢化が進んでいます。人間の生活が便利になればなるほどに、生態系が侵されていくのです。娘さんが乳幼児期にアトピーになった経験も、中村さんが環境汚染について考えるきっかけになりました。
「一度だけステロイドを塗ったらすぐにきれいになった。それが逆に怖くて薬はきっぱりやめました。その後は成長とともに体が整い、すっかりよくなりました。あのとき薬を使い続けなくてよかったと思います」。

写真を通して伝えていきたいこと

1993年、中村さんはロケ先の奥尻島で大津波に襲われ、九死に一生を得る経験をしています。
「あれ以来、写真を通じて地球環境を守る大切さを伝えていくのが自分の使命。そのために自分は生かされていると考えるようになりました」。
 海はさまざまな顔を持っています。美しいばかりでなく、牙をむくような恐ろしい一面も持ち合わせていますが、海の中では生き物たちの豊かなドラマが繰り広げられています。
「油断したら食われてしまう食物連鎖の中で、生き物たちは懸命に生きている。そんな瞬間と対峙できるのが、この仕事のいちばんの魅力」。
 魚たちは陸上の動物に比べて表情に乏しいかもしれません。でも、海の中のドラマを引き出し、その瞬間を伝えるために、中村さんはこれまで培った予感や予測などを総動員し、撮影し続けます。「この魚はそのうちこっち向いてあくびするぞとかね。失敗も多いけど、魚と騙し合いをして、一瞬のドラマが撮れたときはうれしいね。百戦錬磨の自然界のつわものたちの裏をかいたぞ!ってね。ぼくには未完のテーマがいくつもあります。独立したてのころから30年以上通っている東京湾の水中撮影も続けていきたいし、これからもずっと海に関わるテーマを追いかけていきたいですね」。

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