あとぴナビ/スペシャルインタビュー 石田 ゆうすけ


あとぴナビ/スペシャルインタビュー 石田 ゆうすけ

あとぴナビ2010年3月号より
取材・文/平川友紀 、撮影/橋詰芳房

 

自由に、がむしゃらに「挑戦」し続ける人生を送りたい!

 

石田 ゆうすけ
PROFILE
石田 ゆうすけ(いしだ ゆうすけ)
1969年和歌山県白浜町生まれ。7年半に及ぶ自転車世界一周旅行を終え、2002年末に帰国。旅の様子を綴った『行かずに死ねるか!』(実業之日本社/文庫版:幻冬舎)を出版し、作家としての活動をスタート。以後、雑誌の連載や単行本の出版などの文筆活動のほか、「夢」「相互理解」「食」というテーマで講演活動も行なっている。『いちばん危険なトイレといちばんの星空』、『洗面器でヤギごはん』(実業之日本社)等の著作がある。

訪問国数87カ国、走行距離9万5000km、旅行期間7年半。自転車での世界一周旅行を果たし、帰国後は旅行エッセイストとして活躍中の石田ゆうすけさん。世界一周に旅行記の出版、さらには作家になるという夢を着実に実現に向けている石田さんのお話には、充実した人生を送るコツと、夢を叶えるヒントがたくさん隠されていました。

自転車旅行が好きなんです。自力でペダルを漕いで行くっていうのもいいし、風や空気をじかに感じられるのが気持ちよくて」そう話すのは、旅行エッセイストの石田ゆうすけさん。1995年〜2002年にかけて7年半、一度も帰国せずに自転車での世界一周旅行を達成し、旅行中のエピソードや心境の変化を、ストーリー仕立てで書いて話題になった旅の本『行かずに死ねるか!』の著者として知られ、現在はれなかったほどです。絶対に世界一周したいと思う反面、どこかで、自分には無理だと思っていましたね」。
ナッツクラッカー症候群(※注1)という腎臓の病気を抱えていた石田さんには、体調面の不安もありました。しかも、旅の直前にはその病気が再発して血尿が止まらなくなってしまい、ますます不安が募ることに。世界一周したい自分と、本当にできるのかと不安な自分、その間で揺れながらも、いよいよ目標額が貯まったときには「やらないで後悔するのだけは嫌だ」と決心し、辞表を提出しました。そしてその瞬間、石田さんの世界は「パッと変わった」のだそうです。「『ああ、これで俺の人生は決まった』って腹が括れて、そしたら急に自分の前方に道が伸びていきました」会社を辞めて2週間後、両親には旅への熱い想いを込めた手紙を書いて説得し、石田さんは多くの友人に見送られてヒーロー気分で旅立ちました。ところが、飛行機の窓から見えたアラスカの真っ暗で広大な森を目の当たりにして、瞬く間に恐怖と後悔を感じます。なんと、最初の町から出発する決心がつくのに4日もかかったのだとか!「いやぁ、まずいことを始めてしまったと思って、つくづく自分のバカさ加減が嫌になりました(笑)」。
旅立ちの恐怖を振り切って走り始めてか雑誌の連載に本の執筆、講演会と引っ張りだこの忙しい生活を送っています。

世界一周やる? やらない?

小学生のときに、自転車旅行中のサイクリストを見て憧れを抱き、自転車旅行へと出かけるようになった石田さん。大学を1年間休学して日本一周旅行に出かけ、その旅を終えたときには「もっと知らない世界を見たい」「次は世界一周」という思いが、自然と浮かんできました。
とはいっても、すぐに行動に移せたわけではありません。大学卒業後は、世界一周の夢を胸に秘めながらも一旦就職します。就職先は大企業。就業条件も社内の雰囲気も良い、安定した仕事でした。「スーツを脱いで自転車で世界を走るっていうのが、あまりにも遠い世界になっていました。それに…実はものすごく怖がりなんですよ。布団の中で、世界一周に旅立つ自分をリアルに考えると、怖くて眠れなかったほどです。絶対に世界一周したいと思う反面、どこかで、自分には無理だと思っていましたね」。
ナッツクラッカー症候群(※注1)という腎臓の病気を抱えていた石田さんには、体調面の不安もありました。しかも、旅の直前にはその病気が再発して血尿が止まらなくなってしまい、ますます不安が募ることに。世界一周したい自分と、本当にできるのかと不安な自分、その間で揺れながらも、いよいよ目標額が貯まったときには「やらないで後悔するのだけは嫌だ」と決心し、辞表を提出しました。そしてその瞬間、石田さんの世界は「パッと変わった」のだそうです。「『ああ、これで俺の人生は決まった』って腹が括れて、そしたら急に自分の前方に道が伸びていきました」

旅の途中で得た、新たな「夢」

石田 ゆうすけ
会社を辞めて2週間後、両親には旅への熱い想いを込めた手紙を書いて説得し、石田さんは多くの友人に見送られてヒーロー気分で旅立ちました。ところが、飛行機の窓から見えたアラスカの真っ暗で広大な森を目の当たりにして、瞬く間に恐怖と後悔を感じます。なんと、最初の町から出発する決心がつくのに4日もかかったのだとか!「いやぁ、まずいことを始めてしまったと思って、つくづく自分のバカさ加減が嫌になりました(笑)」。旅立ちの恐怖を振り切って走り始めてからは、日常からは想像もできないとてつもないスケールの事件や経験のオンパレード。それはそれは「壮絶な」日々でした(石田さんの世界一周旅行の様子は、『行かずに死ねるか』等の旅行記をぜひご一読ください)。そして長い旅を続けるうち、石田さんの内面に「旅の感動と生きている実感を文章で伝えたい」という欲求が芽生えはじめます。実は中学生の頃から小説を投稿したり、漠然と作家になりたいと思っていましたが、それは叶わない夢だろうと早々に諦めていました。ところが自転車をひたすら漕いでいるうちに、夢を実現させる前から投げ出していた自分に気づき、こう決心します。「もともと自分は文章を書くことが好きなんだから、好きなことを思いっきりやろう!」。それからというもの、旅でみたこと感じたことをひたすらメモに残していきました。そしてロンドン滞在中に、ライター募集をしていた日本語新聞に旅の最中から書き出していた紀行文を持ち込み、みごと採用。石田さんのコラムは新聞の名物コラムとなり、5年間に渡って連載されました。「自信もついたし、いい文章修行になりました。それがあったから、帰ってすぐに出版社廻りができて、なんとか本が出せました。あのコラムがなかったら、今の自分はなかったと思います」。旅が終盤にさしかかった頃、気持ちはすでに「作家になる」という新たな人生の旅に向かおうとしていました。

石田 ゆうすけ 旅行写真

「やるべきか、やめるべきか」なら、やって後悔!

「僕は自由を得たくて旅を始めました。確かに世界旅行は自由な行為だけど、気ままに好きな場所に向かうだけで本当に自由といえるのか? 何か足りないものがあるんじゃないか? と思うようになって。そんなことを考えながら走り続けているうちに、1つの言葉が頭に浮かびました」。石田さんの頭に浮かんだのは「挑戦」という2文字。もちろん、自転車で世界一周することも大きな挑戦です。でもその挑戦に挑み旅を続けるうちに、次の目標が必要であることに石田さんは気づいたのではないでしょうか?
「旅を続けるうちに、自分をとりまく社会との関わりについてもよく考えるようになりました。そして、本当の自由を得るためには、社会との関わりも含めて何かに向かって『挑戦』することが必要じゃないか、そして自分の挑戦は、それを文章で表現していくことではないかと。
そう思ったら急に胸が熱くなって、走るペースも上がって、宿では小説も書くようになりました。漠然と考えてるだけじゃ実現しないと思ったので、帰ったら半年以内に本を出すという計画も立てました。韓国から下関に着いて、家に帰る途中に大阪でパソコンを買って、旅が終わった次の日にはもう文章を書き始めたんです」7年半にも渡る長い旅が終わったら、少しは放心状態になってもいいようなもの。「帰る頃には頭の中がそれ一色で、惚けるヒマがありませんでした」と笑います。「『やるべきか、やめるべきか』。旅の始まりから終わりまで、何度もこんな決断を迫られる場面がありました。そして、やめて後悔するのなら、やって後悔するほうを選ぶようにしてきました。そのほうが後悔が少ないし、そもそも後悔の質が違います。だから『作家になる』という新たな夢に気づいたときも、すぐに行動に移せたのかもしれません。
『作家』というのは、今の僕にとっては話にならないくらいおこがましい言葉。これからは、世界旅行以上に困難な旅が始まりますが、精進して執筆活動を続けていきたいですね」。
旅を続けるうちに、腎臓の病気もいつの間にか治っていたという石田さん。そのバイタリティーと熱意の秘訣を尋ねると、こんな返事が返ってきました。
「一番大事にしているのは、イメージすることの力。自分が夢を叶えられたのは、夢を実現するイメージを抱き続けて、具体化するためにがむしゃらになれたから。自分が熱中できる何かを見つけることで、今までの自分を変えるきっかけをつかむことができます。そうすれば、病気のほうから逃げていってしまいますよ(笑)」。

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