あとぴナビ/スペシャルインタビュー 辻村寿三郎


あとぴナビ/スペシャルインタビュー 辻村 寿三郎

あとぴナビ2009年8月号より
取材・文/大石久恵 、撮影/橋詰芳房

人形と向き合って、我を忘れるひとときが毎日の元気の源です

辻村寿三郎さん
PROFILE
辻村寿三郎(つじむら じゅさぶろう)
1933年、旧満州、錦州省朝陽に生まれる。 1974年、NHK総合テレビ「新八犬伝」の人形美術を担当し一躍注目を 浴びる。その後の活動は、人形師、着物デザイン、舞台、映画等の衣裳 デザイン、演出、脚本、アートディレクター等多岐に渡り、海外での評価 も非常に高い。後進のアーティスト達にも大きな影響を与え、総合的な アーティストとして各方面より大きな注目を集めている。


創作人形を中心に幅広い分野で活躍を続ける辻村寿三郎さん。日中は仕事場で人形と向き合い、夕方以降は自宅でのくつろぎタイムを大切に過ごす日々。仕事と休息を上手に切り替えるメリハリのある生活スタイルが健康維持のコツです。辻村さんの若さの源は、人形作りに情熱を注ぐひととき。人生の大先輩でもある辻村さんに、思い出深い出会いのエピソードや、毎日を元気で過ごすためのヒントをいただきました。

物心がつく前から人形が好きで、いつの間にか人形を作るようになっていた辻村さん。「なぜそんなに人形が好きだったのか、自分でもわからないんですよ(笑)

料亭の子として生まれ、幼い頃から着物や布裂ぬのきれに親しみ、割り箸などで人形を作っていたという辻村さんは、裁縫、芝居の小道具など様々な仕事をしながらも、常に人形を作り続けていました。

26歳の頃、人形作りを生涯の仕事と決めて独立。1970年代にはNHKで放映された「新八犬伝」の人形を担当し、一躍有名になりました。懐かしく思い出される方も多いことでしょう。辻村さんの人形たちは、まるで命が吹き込まれてそこに存在するかのように、表情豊かでそれぞれが個性的。

「昔はハイハイしたら筆とソロバンと人形の3つを並べて、何を取るかによって人生が決まるといわれたものです。私は人形以外には見向きもしなかったと、母から聞かされました。以来、人形一筋で生きてきて今に至っています

満州の自然と、母の愛情が人生の土台となりました

辻村さんが生まれ育ったのは戦時中の旧満州。幼少期から少年時代まで広大な中国大陸で過ごしたことが、辻村さんのアイデンティティーの土台となりました。

満州は広漠とした大地で、見渡す限り地平線が広がり、けっして色彩が鮮やかな風景はありませんでした。それでも自然とのつながりを拠り所として生きる風土が根付いた土地だったといいます。

まだ幼少の頃、辻村さんは1人で空を見上げては、「自分からは太陽がよく見えるけれど、太陽からは自分の姿が見えないんじゃないか?」「人間の存在とはなんて小さく、はかないものだろう」と、子ども心に思い、自分が自然の中で生かされている感覚を持つようになったといいます。

やがて、終戦前の年に満州から広島に引き揚げましたが、お母さんの死をきっかけに22歳のときに上京。最愛のお母さんが亡くなったあと、辻村さんはよく、自分よりも年長の人を「お父さん」「お母さん」と呼び、慕うようになっていました。

辻村さんが素直な気持ちで周囲の人たちの懐に飛び込んでいけたのは、亡きお母さんが幼いころから注いでくれた深い愛情が心の支えとなっていたからです。「母親が生きる力を育ててくれたんです

さまざまな巡り合いに育ててもらいました

芝居が大好きで、役者にあこがれた時期もあったという辻村さん。当時、辻村さんのお母さんが営んでいた料亭は将校たちの社交場で、歌舞伎などの芝居が上演されていました。
「母から芝居の話を聞かされ、4〜5歳の頃にはすでに八犬伝に親しんでいました」。のちに大人になって、「新八犬伝」の人形美術を担当するようになったときは「幼少期から人形や芝居に親しんだ経験が未来につながった」と不思議な縁を感じました。「思い起こすと、これまでの人生で色んな巡り合いを経験しましたが、すべてが人形作りにつながっているんですよ」。

人形師の仕事を始め子どもも生まれたばかりの20代半ば、体が弱かった辻村さんは、体力作りのためにジムに通っていました。そこで三島由紀夫さんと出会っています。「三島さんはいつもブツブツと何かをつぶやいていてね。そのうち毎日顔を合わすようになり、いろいろ話を聞くうちに、『この人はすごい!』と思いました」。

辻村さんはこの夏、「雨月物語」と「平家物語」をテーマとした作品展を開催しますが、実はこれも三島さんとの出会いに縁があります。
「10代のときに雨月物語を読みましたが、当時は難しくてよくわからなかったんですよ。でも、第一編の『白峰』が心に残り、なんで帝ともあろう方が島流しにあって、帰してもらえないのか?と、心に引っかかっていました。すると三島さんから『頭の中に引っかかっているものは、いつまでも引っかけておけよ。ある年齢になると、必ずわかるときがくる』って言われたんです。それを思い出して、この年になって再び読み直してみたら面白くてね。そこから平家物語にもつながったというわけです」。

これまでもいろんな人との出会いに導かれて今日があると感じています。「出会いというのは不思議ですね。特に未来へとつながる出会いは、偶然ではなく必然ではないだろうかという気がします。こんな必然に導かれることで、ぼくはこれまで、すごく幸せな生き方をしてきているなと思っています」。

執着心を捨てること、夢中になれるものを見つけることが幸せを呼ぶ

「『ものに執着すると泥沼道に入っていき、泥沼の中で死んでいくのが人生だ』と、井原西鶴が言っていますが、今ではなるほどなあと思います」。
人にはそれぞれの器がありますが、詰め込みすぎると新しいものが入ってこられないばかりか、器の外にこぼれ落ちてしまうものなのだそうです。
「だから、たとえ自分が欲しいものであっても、捨てるものを見極めることが大切。ため込まないで捨てるから、新しいものが手に入るんです。そして『欲しいな』と思っても我慢すると、不思議と自分に必要なものが手に入るんですよ」。

最近は物欲を捨てることを心がけているという辻村さん。「執着心を捨てることで、新たな未来が開けることもある」と確信しているのです。これは、別れの後で新しいめぐり会いをするのと似ているといいます。
「一番心が癒されるのは、やはり人形作りに取り組んでいるひとときですね。時間を忘れ、我を忘れて夢中になることが、自分を元気にしてくれます」。

そして、毎日をフレッシュな気持ちで過ごすためのおすすめの方法は、朝起きたら「今日という日は、今までに経験したことのない新しい1日」と考えて、今までにやったことのないことを1つだけでも試してみること。いつもと違う道を歩いてみるのもいいし、ちょっとした小さな試みに挑戦するだけでも気分転換になるのです。
「毎日が新しい1日なんだから、同じことを繰り返してばかりではもったいないですよ。1年は365日あるから、365回新たなチャンスがあるようなもの。気持の持ち方次第で、楽しいことがたくさん見つかるものです」。

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