アトピー性皮膚炎の知識

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 国枝 慎吾

未評価です。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 国枝 慎吾

あとぴナビ2009年11月号より
取材・文/大石久恵 、撮影/橋詰芳房

車いすテニスを多くの人に知ってもらうために勝ち続けることが目標です

国枝 慎吾
PROFILE
国枝 慎吾(くにえ しんご)
2007年、車いすテニスの選手権で世界最高峰とされる全豪、全英、全米、ジャパンオープンの4大会を1年間ですべて優勝する「年間グランドスラム」を達成した国枝慎吾選手。2004年のアテネパラリンピックではダブルスで金、2008年の北京パラリンピックではシングルスで金メダルを獲得。今年4月に日本初のプロに転向した国枝選手に、車いすテニスに対する熱い思いとともに、「決してあきらめない!」という信念について語ってもらいました。


1984年生まれ。9歳のとき脊髄腫瘍により車いすでの生活に。11歳より(財)吉田記念テニス研修センターにて車いすテニスを始める。17歳で現コーチの丸山弘道コーチの指導を受け始め、本格的な海外ツアーを開始。2004年アテネパラリンピック金メダル(ダブルス)、2007年史上初のグランドスラム(4大大会制覇)達成、2008年北京パラリンピック金メダル(シングル)など今年に入っても快進撃は続き、9月には全米オープン連覇達成。向かうところ敵なしの活躍を続ける。2009年4月プロ選手に転向。現在、車いすテニス世界ランキング1位。

コート内を縦横無尽に走り回るチェアワークで、ラリーが続くと観衆も手に汗を握る、スリリングな試合が展開される車いすテニス。アテネに続いて、昨年の北京パラリンピックでも金メダルを獲得した国枝選手は、現在世界ランキング第1位です。自他ともに認める負けず嫌いで、どんな場面でも決してあきらめない強靭な精神力が強さの秘密。「ぼくは子ども時代からずっと負けず嫌いで(笑)。世界を目指す人たちは誰もが負けず嫌いですが、その中でもさらに負けず嫌いじゃないと勝てないんですよ」。

手術と闘病を経て車いすテニスと出会う

国枝選手が車いす生活となったのは、小学4年生のときに脊髄腫瘍の摘出手術を受けてから。
「『体育や野球ができなくなっちゃうな』と思ったけれど、車いすになったからと落ち込んだり、自分の将来を悲観することはなかったです。これは友だちに恵まれたおかげですね。放課後は友だちと遊び、『毎日が楽しくて仕方がない!』という生活を送っていましたから」。
明るい性格で、クラスで目立つことが大好きだった国枝少年は、突然の車いす生活をマイナスにとらえることもなく、活発で屈託のない少年時代を過ごしていました。今では脊髄腫瘍の予後の心配もなく健康な国枝選手ですが、少年時代の話に続けて「人生は何が起こるかわからないですから、『毎日を悔いなく生きていこう』と思っています」と付け加えます。
というのも、「あのときの病気は実はがんだった」と、中学3年のときにご両親から聞かされ、「自分は今生きていて幸せだ」と、心から思ったからです。
すでに車いすテニスの楽しさに目覚めていたこともあり、「与えられた命なんだ。どんなときもあきらめずに生きていこう」と考えるようになりました。
国枝選手が車いすテニスを始めたのは、地元のテニススクールで車いすテニスができるのを知ったのがきっかけでした。「母にすすめられたものの、最初はあまり乗り気じゃなくて…。でも、ラリーが続くのを見た瞬間、『自分もやってみたい!』と、胸が躍りました。やってみたら想像以上に楽しくて、徐々にはまっていきました」。初めて負ける悔しさを味わったのは、車いすテニスを始めて1年目の中学1年生のときでした。
「1回戦で負けたのが悔しくて、そのときから練習に対する取り組み方が変わりました。でも、負けはしたけれど、『試合って面白いな!』と目覚めた瞬間です。ぼくは、根っから『勝負することが好き』なんでしょうね」。
初めての試合で感じたゾクゾクするような緊張感と高揚感は、試合のたびに今も変わらずに感じているそう。「『緊張感に勝つ』ことは自分に勝つことでもあり、達成感が得られる瞬間なんです」。

徹底した練習を重ね、あきらめない心を持つことが大事

負けず嫌いで努力家の国枝選手の強さの源は、「その日その日の目的をしっかりと持った日々の練習」にあります。「練習というのは時間より質が重要なので、『自分は今100%集中しているか?』と、常に自分に問いかけながら練習しています」。
一つの技を体に覚え込ませるためには、3万回の練習が必要だといいます。「やはり毎日の練習は自分を支えてくれる糧ですね。あれだけ頑張って練習してきたじゃないか!絶対に勝つ!と、自分を信じることが武器になります」。

ときには苦しい試合になることもありますが、そんなときに気持ちを仕切り直す必殺アイテムが、ラケットに貼り付けた「オレは最強だ!」という言葉。
「連続ポイントを取られると不安になりますが、『オレは最強だ!』の文字を見ると〈自信を持っている自分〉になれる。メンタルトレーニングを積むことによって、気持ちの切り替えができるようになりました」。
どんなに苦しい場面があったとしても「北京のパラリンピックを乗り越えるときのほうが苦しかった」という国枝選手。「壁にぶち当たったり、一進一退を繰り返したときも『絶対に乗り越えられる!』と自分を信じれば、いい方向に行けると思うんです。気持ちのうえでダメだと思ってしまうと結果にも影響するので、いい方向に進んでいくためにも、〈プラスのイメージ〉を積み重ねることを大切にしています」。
そのプラスのイメージを育てる役割を果たしているのが、練習の反省点やチェックポイントを記録したテニス日記です。「気づいたことを書きとめると、自分が今何をすべきかが見えてきて、自分自身と対話しながら練習することができます。それに試合前に読み返すと、自分なりに成長していることが実感できるんですよ」。自分はこうして一つ一つ乗り越えてきた!と実感することも、「オレは最強だ!」という自信につながっているのです。

車いすテニスを 多くの人に知ってほしい

今年4月に日本で初のプロ車いすテニスプレイヤーに転向。それまでは大学職員としての収入が保証されていましたが、大学をやめた今では賞金やスポンサー契約を主な収入源とする生活となりました。試合の結果がすべてである、厳しいプロの世界に身を置くとことをあえて選んだのです。
「気持ち的に以前と違うのは、試合で〈勝つこと〉への執念ですね。『自分は勝ちへの執念が世界で一番強い』と思っていましたが、もっと強くなりました(笑)。プロとして自立するには自分を追い込んでいかないといけないし、今は勝ちに対する執念がプラスに作用していると思います」。
国枝選手がプロ転向を決意した理由には「車いすテニスを多くの人に知ってもらい、普及させたい」という願いもあります。「そのために、今の自分に必要なのは勝ち続けること。勝ち続けることで車いすテニスを知ってもらうチャンスが増えるし、『自分も大会に出場して、大観衆の前でプレイしたい!』と、車いすテニスを志す人たちが増えてくれれば。そういう環境を作っていけたらなあと思っています」。
車いすテニスが普及して選手が増えれば、さらにいい試合が増え、それもまた車いすテニスを広めることにつながると考えているのです。
「ぼくが試合中に『幸せだなあ』と実感するのは、観客のみなさんから声援をもらったとき。自分のプレイの一つ一つに歓声が起きると力がわいてきて、選手にとってこんなに気持ちよいことはないですよ。『よし、もっといいプレイをしよう!』と励まされます。
今後はプロとして1年1年の成績を残すことも求められるので、グランドスラムで勝ちながら、なおかつロンドンのパラリンピックで金メダルをとるのが目標です。常に前向きに進んでいきたいですね」。

医療ナビ 感染症とアトピー

未評価です。

感染症とアトピー

監修:北之園明久
監修:北之園明久(きたのその あきひさ)
グリーンクリニック院長
1950年京都府生まれ。
信州大学医学部卒業。
必要な時以外は薬を使用しない形での自然療法的アトピー診療を実践。
十分に相談でき、患者の意思が反映される安心した診療をめざしている

アトピー性皮膚炎の方は、健康な方がかかりにくい、
皮膚の感染症にかかりやすい傾向があります。感染症について知っておきましょう。

1.アトピーの方は感染症にご注意を

アトピー肌は、病原体が侵入しやすい

私たちの身のまわりには、常にさまざまな微生物が存在しています。病気を引き起こす細菌やウイルスなどを病原体といい、それらが体内に侵入することによって起きる病気を感染症といいます。

健康な皮膚は正常なバリア機能が働き、病原体の侵入を防いでいます。たとえ侵入しても、それを撃退する免疫のしくみがあります。しかしアトピー肌の方は、皮膚に炎症や傷、乾燥などがあり、皮膚のバリア機能が弱く、外部から細菌やウイルスが体内に侵入しやすい状態です。

免疫力の低下は感染症をまねく

また、アレルギー症状が強いときは、細菌やウイルスに対する免疫が低下した状態※1で、体力も落ちているため、特に注意する必要があります。さらに精神的、肉体的に強いストレスがかかる状態が続き、免疫力が低下しているときは、乳幼児期に感染して体内に残っているウイルスが活動を始めたり、皮膚に常在する雑菌から感染症にかかることも。

免疫が未熟である乳幼児は感染症にかかりやすく、特にアトピー性皮膚炎がある場合は感染症に注意する必要があります。

※1 体内では、アレルギー反応を起こす免疫と、細菌やウイルスを攻撃する感染免疫の2つの免疫機能が互いにけん制しあっています。アレルギー反応が強い状態にあるときは、細菌やウイルスなどを攻撃する感染免疫が抑制されるので、感染症にかかりやすくなります。

感染症を起こす病原体には、さまざまな種類がある

感染症の原因となる病原体は大きく分けてウイルス、細菌、真菌などに分類され、それぞれ多くの種類があります。

細菌はバクテリアともいい、黄色ブドウ球菌や溶連菌などがその代表。ウイルスはさらに小さく、電子顕微鏡でようやくわかる大きさ。生物の細胞内でしか増殖できない病原体で、インフルエンザなどで知られます。真菌はカビの仲間で、菌糸を持つもの。これらの病原体はそれぞれ好む環境が異なります。

2.感染症の予防と対策

健康体なら病原体に感染しても発症しない場合も多いのですが、アトピー症状のある方は、特に予防と対策を怠らないようにしましょう。

細菌・ウイルスとの接触を防ぎ、正しいスキンケア

皮膚のバリア機能が弱いアトピー性皮膚炎の方は、感染症の予防が大切。皮膚のバリア機能を高めるスキンケアと清潔を心がけ、病原体の侵入を防ぎましょう。

外出先から帰ったら、手洗い、うがいをするなどして病原体を洗い流します。さらに日ごろから免疫力を高めることも大切。疲労やストレスをためず、規則正しい生活、栄養バランスのとれた食事を心がけましょう。

自己診断は禁物、かかりつけ医に相談を

それでも感染症を完全に防ぐことはできません。健康な方にうつりにくい白癬菌は、アトピーの方には感染しやすく、水いぼも通常は子どもの病気ですが、アトピーの患者なら大人でもうつることも。また、ステロイドを使用している場合、ステロイド剤は免疫を抑制するため、使用を中止する必要があります。

感染症は原因となる病原体をつきとめることが治療の第一歩。症状だけでは見分けがつきにくいため、自己診断は禁物です。早めの対処が早期回復と慢性化の防止へとつながります。信頼できるかかりつけの医師に相談しましょう。

細菌やウイルスなどの病原菌が体内に侵入して起きる病気を感染症といいます。通常は免疫が防ぎますが、アトピー性皮膚炎のように皮膚のバリア機能が弱っている状態では感染症にかかりやすくなります。

免疫力が落ちると乳幼児期にかかったウイルスが活発化して感染症にかかることもあります。感染症の原因となる病原体は何種類かあり、それぞれ好む環境が異なります。

アトピー性皮膚炎の場合スキンケアをしっかりし、皮膚を清潔に保つことが大事です。

白癬菌はアトピー性皮膚炎だと大人でも感染しやすくなります。免疫を抑制するステロイド剤を中止する必要もあります。感染症にかかった場合病原体を突き止めることが第一歩です。自己判断は禁物です。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 帯津 良一

未評価です。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 帯津 良一

あとぴナビ2009年10月号より
取材・文/大石久恵 、撮影/橋詰芳房

「今日よりも、よい明日」を信条に、ホリスティック医学に取り組んでいます

帯津 良一
PROFILE
帯津 良一(おびつ りょういち)
1936年、埼玉県に生まれる。1961年東京大学医学部卒業。東京大学第三外科を経て、静岡県共立蒲原総合病院外科医長、東京都立駒込病院外科医長を歴任。消化器がん、主に食道がんの外科を専攻。1982年、埼玉県川越市に帯津三敬病院を設立。現在は、帯津三敬病院名誉院長、日本ホリスティック医学協会会長、日本ホメオパシー医学会理事長等を務める。『生きる勇気、死ぬ元気』(平凡社/五木寛之共著)、『一病あっても、ぼちぼち元気』(PHP研究所)等、著作も多数。


「目に青葉、朝の気功に、夜の酒」を座右の銘に、気功とお酒をこよなく愛する帯津良一先生。ホリスティック医学の第一人者として知られる帯津先生は1人1人の患者さんの希望を取り入れたオーダーメイド治療を実践しています。「患者さんを主役に、医療者は伴走者に徹する」をモットーに、自然治癒力を高める治療に情熱を注いでいる帯津先生に、ホリスティック医学に対する熱い思いを語っていただきました。

埼玉県川越市ののどかな田園風景のなかに建つ帯津三敬病院。一階に気功道場があるこの病院は、名誉院長の帯津先生が「人間が本来持っている〈自然治癒力〉を高める医療を」と1982年に設立。
「当初は手探りのスタートでしたが、今では西洋医学、東洋医学の枠組みにこだわることなく、漢方や鍼灸、気功、ホメオパシーなどの代替療法を取り入れ、人間の心も体も丸ごと治療する〈ホリスティック医学〉を目指しています。私が主に治療しているのはがんの患者さんですが、1人1人の心や体の状態に寄り添ったオーダーメイド治療を実践するのがモットーです」。

人間の体と心を丸ごと診る医療を目指し、病院を設立

もともと食道がんを専門としていた帯津先生が代替医療に関心を持ったのは、30年以上前のことでした。「手術の技術が向上しても、がんの再発率が減らなくて、西洋医学にも限界があると感じ始めていました。これを打破するには体の器官を部分的に扱うのではなく、全体としてとらえる必要があるのではないか。中国医学を取り入れてみようと、北京の医療現場に視察に出かけたんですよ」。
その後、勤務先の病院で中国医学を取り入れましたが、戸惑う患者さんたちの反応に「大学病院や都立病院などの既成の医療現場では難しい」と判断。「中西医結合医療(中国医学と西洋医学を結合した医療)を実践するには自分で病院を作ろう」と、帯津三敬病院の設立を決めたのです。「中国医学には食養生、気功、漢方薬、鍼灸という4本柱があります。食養生は北京で親しくなった中国人の医師の指導を受け、漢方と鍼灸はすでに医療に導入していた仲間に協力してもらいました。私自身も時間を見つけては中国に勉強しに通いました。なかでも気のめぐりをよくして健康になるという気功は、私が柔道や空手などの武道を趣味でやっていたこともあり、なじみやすかったですね」。

また、一方で帯津先生は、その頃日本に入ってきたばかりの〈ホリスティック医学〉の考え方に心をひかれ、「日本ホリスティック医学協会」の設立に参加。「そうして中西医結合医療を経て、ホリスティック医学を目指すようになりました。当初は『西洋医学と中国医学を合わせれば、がんの再発を予防できるのでは?』と考えたのですが、中国医学だけでは足りないものがありました。それは〈心〉の問題。がんの治療には、患者さんが医療者に心を開いて、自発的な気持ちになることが重要なんですね。そこで、心のケアを担当する心理療法チームを発足させました。以来、『患者さんが主役で、医療者は伴走者』となる環境づくりを心がけています」。

オーダーメイドの治療でホリスティック医学を実践

人間を丸ごと治療するホリスティック医学とはどういうものでしょうか。帯津先生が実践する医療を通して紹介します。「がんの治療では一発逆転ホームランはありません。イチローと同じで、まずは1塁に出ることが肝心」という帯津先生。治療方針を決める際は患者さんと綿密に話し合い、抗がん剤の使用なども患者さんの意思を尊重しながら決定します。「私はこれを〈戦略会議〉と呼んでいます。がんは個々の症状が異なり、非常に個性的。だからこそ戦略が必要なんですよ。また、自然治癒力を高めるには〈心〉の持ち方が非常に重要になります。そこでいちばん最初に心の問題を話し合うんですが、『人間は生きていく上でわくわくするような体験が助けになるから、ときめく気持ちを大切にしよう』と話しているんです」。ときめきの対象は何であってもいいといいます。たとえば玄米菜食を続ける人が「明日は特別な日だからすき焼きを食べよう」と考えるだけでもときめくもの。「『ときめくために』と、無理に明るく振る舞う必要もないんですよ。人間というのは不安やさびしさを感じる心もある。だからこそ、ときめきも輝きを増すのです」。

和食を基本とした食事療法、気功道場への参加も自然治癒力を高める戦略の一部ですが、ストイックになりすぎず、自分なりに続けることに意味があります。「こうして西洋医学に限らず漢方や鍼灸など、多くの治療法の中から戦略を検討し、きめ細やかな医療を行うのが、私の考えるホリスティック医学というわけです」。また、病院スタッフが志を持って医療に取り組む姿勢が患者さんに伝わると、〈医療の場〉のエネルギーを高まって自然治癒力に作用し、それもまたホリスティックに一役買うと帯津先生は言います。

「私が患者さんたちに常々言っているのは〈青雲の志〉を持とうということ。私が考える〈青雲の志〉は立身出世ではなく、自分の生命エネルギーを日々高め続けて、自分をいい方向へ持っていく志のことです。周囲とのかかわりの中で自分を高めるのもまた、ホリスティックなのです。人生は限りある時間。病気の経験から〈気づき〉を得ることもあり、どんなことにも人として飛躍できるチャンスがあります」。

〈青雲の志〉で理想の医療に近づこうと張りきっています

「病院を設立したばかりの頃は患者さんも少なく、さびしい状態でね。でも、がんが告知されるようになり、漢方や気功、ホメオパシーなどの代替療法を希望する患者さんがやってくるようになりました」。

院内ではがんを克服したOBたちが『患者の会』を運営し、交流会や気功サークル、季節の催しなどを開催しています。「『患者の会』では、がんを克服した先輩が後輩の患者さんの質問に答えてくれて、〈分かち合いの場〉にもなっています。がんを克服した人の言葉は、闘病中の人にとって心に響く励ましや勇気づけになるんですよ」。目指すホリスティック医学は「まだ遥か彼方にある」という帯津先生ですが、「若手が育ってきたので、今後が楽しみです。実は先日、若いスタッフが勉強会を企画して『先生もどうぞ』って言ってくれてね。これまで私が旗振り役をしてきただけにうれしかったです」。

また、近年では〈ときめき〉を生かして自然治癒力を高めるためにも、自分の生命エネルギーを高め続けて、そのまま死後の世界に突入する!という志こそがホリスティックの基盤と思うようになりました。「現在アトピーで闘病中の方は、自分がコレ!と信じる治療法を続けてみてください。そして今はたまたまハンデを背負っているけれど、克服までの道のりで学びを得て、やがて迎える最後の日を最高に持っていくのが人生だと考えてみませんか。私も70才ですが、〈青雲の志〉を持って前進しようと張りきっているところです」。

医療ナビ 腸内環境とアトピー(後編)

未評価です。

腸内環境とアトピー(後編)

監修:辨野 義己
監修:辨野 義己(べんの よしみ)
理化学研究所
微生物系統保存施設・微生物機能解析室長
酪農学園大学卒、農学博士。
東京農工大学大学院を経て、現職。
日本ビフィズス菌センター理事、日本細菌学会理事など多くの役職を務める。
2003年日本微生物資源学会・学会賞受賞。
著書に『究極のヨーグルト健康法』(講談社+α新書)、『発酵乳の科学』(アイ・ケイ・コーポレーション)、『乳酸菌って何だ?』(マガジントップ)など多数。テレビなどでも活躍中。

腸内環境とアトピー(前編)はこちら

4.腸の中はどうなっているの?

腸年齢は何歳でしたか?
腸をより若く健康に保つために、腸のはたらきについて知っておきましょう。

腸のはたらき

小腸と大腸のはたらきの違い

小腸は消化と免疫を担う

上から順に、十二指腸・空腸・回腸を小腸といいます。胃で流動状にされた食物を消化・吸収するのが小腸ですが、同時に免疫反応を担当する最大の臓器でもあります。小腸の内壁には無数の絨毛組織があり、消化液を分泌し、栄養を吸収します。また体内の免疫細胞の60%が小腸にあるといわれ、重要な免疫反応を担っています。小腸は全長6〜7mで表面積はテニスコート1面分に匹敵するほど大きいもの。しかし、腸内微生物は大腸と比べると圧倒的に少なく、全体の99%が大腸内にいるといわれています。

大腸は腸内細菌が多く、腸年齢はここで決まる!

大腸は盲腸・結腸・直腸に大別され、全長1.5m程度。大腸では、小腸から送られてきた液状の腸内容物から水分を20%だけ吸収し、もっとも排泄しやすい形の便を作り、便をためておく器官でもあります。これができないとトイレのコントロールができません。また、1.5kgといわれる腸内細菌のほとんどが大腸に生息。この腸内細菌バランスが腸内環境を左右しています。腸内環境を整えることで病気を防ぐことができることからも、予防医学的に大変重要な臓器であるといえるでしょう。大腸はガン、ポリープ、カタール、潰瘍性大腸炎などもっとも病気が多く、病気の発信源でもある臓器。腸内環境さえ整っていれば、大腸は健康の発信源にもなりうるのです。

5.腸年齢の若返りとアレルギー対策の味方は乳酸菌!

腸を健康に保つために大切なのは腸内善玉菌を増やすことです。その善玉菌の代表が乳酸菌です。乳酸菌には、腸のためにもアレルギー対策にも効果があるのです。

乳酸菌とは?

乳酸を作る細菌を総称して乳酸菌と呼びます。乳酸菌が善玉菌とされるのは、乳酸菌が作る乳酸が腸内を酸性に保ち、腸内の腐敗を防いでくれるからです。現在わかっているだけでも約350種類の乳酸菌があります。

乳酸菌の形には、棒状の「かん菌」と球状の「球菌」があります。大きさは、たとえばかん菌の棒部分の幅が1マイクロメートル(1000分の1mm)、長さが3〜7マイクロメートルです。ビフィズス菌はかん菌で、VやYのように枝分かれしているので「枝分かれ」を意味する「ビフィド」から名付けられました。

最近、プロバイオティクスという言葉が使われますが、これは健康に有用な働きをする微生物のこと。乳酸菌はその代表格です。病原菌も有用な微生物も皆殺しにしてしまう抗生物質(アンチバイオティクス)とは違って、善玉菌の働きを利用しようというものです。

ビフィズス菌

腸内でもっとも優秀な善玉菌。腸内をきれいに保ち、腸の運動を活発にする。生きたまま腸内に到達できる。

乳酸菌

もっとも身近な乳酸菌。有害物質を減らし、免疫力を高める。チーズの独特の風味は乳酸かん菌がもたらしている。

乳酸菌の4つのはたらき

  1. 有機酸を作る
    有機酸とは、乳酸や酢酸などのこと。腐敗菌の汚染を防ぐことによって、漬物やチーズなど食品の保存性を高めてくれます。悪玉菌による腸内の腐敗も防ぎ、腸内環境を整えるはたらきがあります。また、発酵過程でできる微量産物が、食品の旨味をアップさせます。このはたらきによって、しょうゆやキムチなどに旨味が加わります。
  2. 腸管運動を活発化させる
    乳酸菌が作る有機酸が腸を刺激することで、腸の動きを活発にします。その結果、便通がスムーズになり、便秘や下痢を予防します。
  3. 病原菌を抑える
    血液やリンパ液の中には外部から侵入するウイルスや病原菌と闘う免疫細胞がたくさん含まれています。乳酸菌にはこれらの細胞を活性化させるはたらきがあることがわかってきました。このはたらきによって、風邪などの病気に対する抵抗力が強くなります。腸内環境が老化して、悪玉菌が優位な状態にあると、外部からの侵入者に対する防御力も弱まってしまいます。
  4. 免疫細胞を活発にしてアレルギーを軽減する
    体には外部から侵入する異物を認識し、攻撃する「免疫」というしくみが備わっています。血液中などに存在するリンパ球という白血球の一種が、異物を認識して攻撃する免疫反応に関係しています。小腸にはこの免疫細胞の60%が存在しているといわれています。

アトピーの発症を抑制し炎症を低減する乳酸菌

アトピー性皮膚炎の妊婦に乳酸菌を与えたら、生まれてきた子供のアトピー発症率が低いという結果がフィンランドで報告されました。それによると、ラクトバチルス・GG株という種類の乳酸菌を投与した妊婦の生んだ子供は、投与しなかった妊婦の場合の半分しか発症しなかったというものです。また、アトピー性皮膚炎の乳児に、普通の乳清を与えた場合とGG株を入れた乳清を与えた場合では、GG株を与えた乳児のアトピー性皮膚炎が大きく改善したという報告もあります。(ラクトバチルス・GG株の入ったヨーグルトは日本でも市販されています。)

乳酸菌を含む食品

乳酸菌はヨーグルトだけでなく、乳製品や発酵食品、発酵調味料にも含まれています。チーズ、乳酸飲料、発酵バター、味噌やしょうゆ、キムチや漬物などにも乳酸菌は含まれています。

また、オリゴ糖は胃や小腸では吸収されず、大腸まで届いてビフィズス菌のエサとなります。オリゴ糖を得たビフィズス菌は大腸で増えて腸の働きを活発にします。乳酸菌やオリゴ糖のサプリメントも多数売られています。

ひとくちに腸と言っても小腸、大腸では役割が異なります。小腸には免疫細胞の60%があると言われ免疫反応を担っています。

大腸は腸内細菌のほとんどが生息し、最近のバランスが腸内環境を左右します。腸内環境は病気にも影響するためバランスを整えることは病気の予防からも非常に大事です。

中でも大事な善玉菌のが乳酸菌です。350種類程度あり、腸内をきれいに保ち、免疫力を高めてくれます。

乳酸菌には病原菌を抑える、免疫機能を活発にしアレルギーを軽減する機能もあります。アトピー性皮膚炎の妊婦に乳酸菌を与えたら子供のアトピー性皮膚炎の発症率が低いという結果もあります。

医療ナビ 腸内環境とアトピー(前編)

Rating: 評価:2 投票1人

腸内環境とアトピー(前編)

監修:辨野 義己
監修:辨野 義己(べんの よしみ)
理化学研究所
微生物系統保存施設・微生物機能解析室長
酪農学園大学卒、農学博士。
東京農工大学大学院を経て、現職。
日本ビフィズス菌センター理事、日本細菌学会理事など多くの役職を務める。
2003年日本微生物資源学会・学会賞受賞。
著書に『究極のヨーグルト健康法』(講談社+α新書)、『発酵乳の科学』(アイ・ケイ・コーポレーション)、『乳酸菌って何だ?』(マガジントップ)など多数。テレビなどでも活躍中。

体の中にあるのに、皮膚のように外部との接触がある免疫器官、それが腸です。
腸内環境を正常化することは、アトピー性皮膚炎をはじめとするアレルギー症状にも大切なこと。
腸内環境と健康の関係を知り、アトピーの改善に役立てましょう。

1.健康な体はおなかが元気

お酒を飲みすぎた翌朝や、過度に緊張しストレスを感じたときなどにお腹がゆるくなったことはありませんか?便秘をするとお肌が荒れてしまいませんか?
実は、お腹の調子と体の健康には密接な関係があるのです。

若い人に増えている便秘

最近、若い女性の間に、平日は排便せずに、週末になると下剤を飲んでまとめて排便するという「週末トイレ症候群」などという現象が見られるほど、深刻な便秘症の人が増えています。なぜ、便秘になってしまうのでしょうか?

日本人の食生活はどんどん欧米化しています。穀物や野菜、魚中心の生活から肉中心の食生活に変わりました。この40年間で肉類の消費量が10倍に跳ね上がったというデータを見てもそれは明らかです。こうした食生活に加え、ダイエットによる食事抜きの生活、運動不足、コンビニエンスストアの発展によって甘くて美味しいお菓子ばかり食べているという若者が増えています。このような食物繊維の少ない食生活は、便秘を引き起こしやすいのです。

老化する腸年齢

便秘は、腸が老化している場合の顕著な症状。

腸の老化は年齢とともに進むものですが、最近では若い人ほど腸の老化が進んでいる傾向にあります。

健康な人の便には1gあたり1兆個、一人の腸の中には、なんと合計1.5kgもの腸内細菌が住んでいます。人はおびただしい数の細菌とともに共生していると言えます。これらの腸内細菌の10〜15%がビフィズス菌といわれる、腸内の環境を整えたり、食物を分解し消化吸収に役立つ善玉菌で、私たちの健康を支えています。一方で5〜6%の悪玉菌といわれる、体に有害な物質を生み出す菌もいます。便秘になり、便が長く腸に留まって腐敗すると、この悪玉菌が増殖、腸の老化を早めます。有害な物質は血管から吸収されて体中を巡り、生活習慣病や痴呆症の原因になることもあります。

ですから、毎日便を排泄し、腸内をきれいにしておくことは、腸の老化を防ぐためにはとても大切。腸年齢を若く保つことが、体の健康に大きな意味を持つのです。

2.健康のバロメーター「腸年齢」を知ろう

腸内の健康は、善玉菌と悪玉菌のバランスで決まります。
このバランスは、生活習慣や環境によって変わります。
自分の「腸年齢」を知っておくことは、健康への第一歩です。

腸年齢とは

齢とともに人の体は老化しますが、それは腸にも言えることです。生理的な老化によって腸の動きが鈍くなると、腸内細菌の状態が変わります。大腸には善玉菌と悪玉菌がありますが、腸が老化すると善玉菌が減少し、悪玉菌が増えるのです。

しかし、実年齢と腸年齢は必ずしも一致するとは限りません。実年齢が若くても、腸内の善玉菌が少なく悪玉菌が多数を占めているような状態では、腸の老化は進んでいるといえるのです。

まずは下のチェックリストで自分の腸年齢を確かめてみてください。腸が年齢よりも老化していたら要注意。でも大丈夫。人間の年齢は若返らせることができませんが、幸いなことに、腸の年齢は若返らせることができます。食事などの生活習慣を見直すことで、腸年齢を若く保ち、病気を予防しましょう。

善玉菌と悪玉菌

腸内には、体に有益な働きをする善玉菌と、有害な物質を作り出す悪玉菌が共生しています。

善玉菌は乳酸菌のことで、乳酸かん菌(ラクトバチルス)やビフィズス菌などがあります。乳酸菌は、乳糖やブドウ糖を栄養素として増殖し、その過程で乳酸発酵をして乳酸や酢酸を作る菌のこと。腸内を酸性に保つことで、悪玉菌の増殖による腸内の腐敗を防いでくれます。また、消化・吸収を助け、便秘や下痢を防ぎ、免疫機構を活性化する働きもあります。
.悪玉菌の代表はクロストリジウム。これは胆汁酸を分解して、発ガン物質や有害物質を作る菌です。その一種であるウェルシュ菌は、たんぱく質やアミノ酸を分解して、アンモニアやトリプトファン、硫化水素などの強い悪臭を放つ有害物質で、便のにおいをきつくします。通常高齢になると増えますが、いつも便秘だったり、肉食を続けていると若い人にもこの菌が多く見られるようになります。

理想的な腸は、善玉菌と悪玉菌のバランスで決まります。ビフィズス菌が30%もいれば、健康な腸。悪玉菌はいないにこしたことはありません。腸が老化すると悪玉菌がはびこり、全身の健康状態に影響を与えることになるので、生活習慣を改善して善玉菌が住みやすい腸を作りましょう。

便のチェック

お腹の調子と体の健康には密接な関係があります。最近増えている便秘も西洋化している食生活に大いに関係があります。

40年間で肉類の消費量が10倍に跳ね上がり、食物繊維の少ない食生活により腸が老化しています。若い人の方がその傾向が顕著です。

人間はおびただしい数の細菌とともに共生しています。腸の健康バロメーターは腸内の善玉菌、悪玉菌のバランスできまります。

善玉菌は乳酸菌です。乳酸発酵をして乳酸や酢酸を作り、悪玉菌の増殖による腸内の腐敗を防いでくれます。また、消化・吸収を助け、便秘や下痢を防ぎ、免疫機構を活性化してくれます。悪玉菌の代表はクロストリジウムなどで、発ガン物質や有害物質を作ります。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 辻村寿三郎

未評価です。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 辻村 寿三郎

あとぴナビ2009年8月号より
取材・文/大石久恵 、撮影/橋詰芳房

人形と向き合って、我を忘れるひとときが毎日の元気の源です

辻村寿三郎さん
PROFILE
辻村寿三郎(つじむら じゅさぶろう)
1933年、旧満州、錦州省朝陽に生まれる。 1974年、NHK総合テレビ「新八犬伝」の人形美術を担当し一躍注目を 浴びる。その後の活動は、人形師、着物デザイン、舞台、映画等の衣裳 デザイン、演出、脚本、アートディレクター等多岐に渡り、海外での評価 も非常に高い。後進のアーティスト達にも大きな影響を与え、総合的な アーティストとして各方面より大きな注目を集めている。


創作人形を中心に幅広い分野で活躍を続ける辻村寿三郎さん。日中は仕事場で人形と向き合い、夕方以降は自宅でのくつろぎタイムを大切に過ごす日々。仕事と休息を上手に切り替えるメリハリのある生活スタイルが健康維持のコツです。辻村さんの若さの源は、人形作りに情熱を注ぐひととき。人生の大先輩でもある辻村さんに、思い出深い出会いのエピソードや、毎日を元気で過ごすためのヒントをいただきました。

物心がつく前から人形が好きで、いつの間にか人形を作るようになっていた辻村さん。「なぜそんなに人形が好きだったのか、自分でもわからないんですよ(笑)

料亭の子として生まれ、幼い頃から着物や布裂ぬのきれに親しみ、割り箸などで人形を作っていたという辻村さんは、裁縫、芝居の小道具など様々な仕事をしながらも、常に人形を作り続けていました。

26歳の頃、人形作りを生涯の仕事と決めて独立。1970年代にはNHKで放映された「新八犬伝」の人形を担当し、一躍有名になりました。懐かしく思い出される方も多いことでしょう。辻村さんの人形たちは、まるで命が吹き込まれてそこに存在するかのように、表情豊かでそれぞれが個性的。

「昔はハイハイしたら筆とソロバンと人形の3つを並べて、何を取るかによって人生が決まるといわれたものです。私は人形以外には見向きもしなかったと、母から聞かされました。以来、人形一筋で生きてきて今に至っています

満州の自然と、母の愛情が人生の土台となりました

辻村さんが生まれ育ったのは戦時中の旧満州。幼少期から少年時代まで広大な中国大陸で過ごしたことが、辻村さんのアイデンティティーの土台となりました。

満州は広漠とした大地で、見渡す限り地平線が広がり、けっして色彩が鮮やかな風景はありませんでした。それでも自然とのつながりを拠り所として生きる風土が根付いた土地だったといいます。

まだ幼少の頃、辻村さんは1人で空を見上げては、「自分からは太陽がよく見えるけれど、太陽からは自分の姿が見えないんじゃないか?」「人間の存在とはなんて小さく、はかないものだろう」と、子ども心に思い、自分が自然の中で生かされている感覚を持つようになったといいます。

やがて、終戦前の年に満州から広島に引き揚げましたが、お母さんの死をきっかけに22歳のときに上京。最愛のお母さんが亡くなったあと、辻村さんはよく、自分よりも年長の人を「お父さん」「お母さん」と呼び、慕うようになっていました。

辻村さんが素直な気持ちで周囲の人たちの懐に飛び込んでいけたのは、亡きお母さんが幼いころから注いでくれた深い愛情が心の支えとなっていたからです。「母親が生きる力を育ててくれたんです

さまざまな巡り合いに育ててもらいました

芝居が大好きで、役者にあこがれた時期もあったという辻村さん。当時、辻村さんのお母さんが営んでいた料亭は将校たちの社交場で、歌舞伎などの芝居が上演されていました。
「母から芝居の話を聞かされ、4〜5歳の頃にはすでに八犬伝に親しんでいました」。のちに大人になって、「新八犬伝」の人形美術を担当するようになったときは「幼少期から人形や芝居に親しんだ経験が未来につながった」と不思議な縁を感じました。「思い起こすと、これまでの人生で色んな巡り合いを経験しましたが、すべてが人形作りにつながっているんですよ」。

人形師の仕事を始め子どもも生まれたばかりの20代半ば、体が弱かった辻村さんは、体力作りのためにジムに通っていました。そこで三島由紀夫さんと出会っています。「三島さんはいつもブツブツと何かをつぶやいていてね。そのうち毎日顔を合わすようになり、いろいろ話を聞くうちに、『この人はすごい!』と思いました」。

辻村さんはこの夏、「雨月物語」と「平家物語」をテーマとした作品展を開催しますが、実はこれも三島さんとの出会いに縁があります。
「10代のときに雨月物語を読みましたが、当時は難しくてよくわからなかったんですよ。でも、第一編の『白峰』が心に残り、なんで帝ともあろう方が島流しにあって、帰してもらえないのか?と、心に引っかかっていました。すると三島さんから『頭の中に引っかかっているものは、いつまでも引っかけておけよ。ある年齢になると、必ずわかるときがくる』って言われたんです。それを思い出して、この年になって再び読み直してみたら面白くてね。そこから平家物語にもつながったというわけです」。

これまでもいろんな人との出会いに導かれて今日があると感じています。「出会いというのは不思議ですね。特に未来へとつながる出会いは、偶然ではなく必然ではないだろうかという気がします。こんな必然に導かれることで、ぼくはこれまで、すごく幸せな生き方をしてきているなと思っています」。

執着心を捨てること、夢中になれるものを見つけることが幸せを呼ぶ

「『ものに執着すると泥沼道に入っていき、泥沼の中で死んでいくのが人生だ』と、井原西鶴が言っていますが、今ではなるほどなあと思います」。
人にはそれぞれの器がありますが、詰め込みすぎると新しいものが入ってこられないばかりか、器の外にこぼれ落ちてしまうものなのだそうです。
「だから、たとえ自分が欲しいものであっても、捨てるものを見極めることが大切。ため込まないで捨てるから、新しいものが手に入るんです。そして『欲しいな』と思っても我慢すると、不思議と自分に必要なものが手に入るんですよ」。

最近は物欲を捨てることを心がけているという辻村さん。「執着心を捨てることで、新たな未来が開けることもある」と確信しているのです。これは、別れの後で新しいめぐり会いをするのと似ているといいます。
「一番心が癒されるのは、やはり人形作りに取り組んでいるひとときですね。時間を忘れ、我を忘れて夢中になることが、自分を元気にしてくれます」。

そして、毎日をフレッシュな気持ちで過ごすためのおすすめの方法は、朝起きたら「今日という日は、今までに経験したことのない新しい1日」と考えて、今までにやったことのないことを1つだけでも試してみること。いつもと違う道を歩いてみるのもいいし、ちょっとした小さな試みに挑戦するだけでも気分転換になるのです。
「毎日が新しい1日なんだから、同じことを繰り返してばかりではもったいないですよ。1年は365日あるから、365回新たなチャンスがあるようなもの。気持の持ち方次第で、楽しいことがたくさん見つかるものです」。

医療ナビ 経穴とアトピー

未評価です。

医療ナビ アトピーと心のコーピング

監修:工藤 孝太
監修:工藤 孝太(くどう こうた)
日本伝統鍼灸学会理事、東洋鍼灸専門学校教務課副主任、上真堂鍼灸治療所鍼灸部門部長
鍼灸治療の中でも特にアトピー性皮膚炎の治療に力を注ぎ、東洋鍼灸専門学校では数多くの伝統医療後継者を育成。
足底鍼療法の創始者でもあり、鍼灸と足裏刺激療法を組み合わせた独自の治療を行っている。

日本でも国家資格が認められている、鍼灸(しんきゅう)などのツボ療法は、東洋医学、中でも中国の伝統医学の治療法のひとつです。
これらのツボ療法はアトピー性皮膚炎に対する臨床効果も知られています。
私たちの体にある「ツボ」を知ってアトピー改善に役立ててみましょう。

1.中国伝統医学でのアトピーとは?

中国伝統医学には西洋医学のような診療科による区別はないため、皮膚科はありません。アトピー性皮膚炎を皮膚の病気と考えずに体のバランスの乱れとするのが中国伝統医学の考え方です。

体全体を整えることで患部を治療する考え方

東洋医学の中でも、中国医学は、古代中国の思想を基に発展してきた伝統医学のことで、生薬などの薬物療法である漢方、物理療法である鍼灸・按摩療法、食事療法などがあります。中国伝統医学では、環境やストレス、食事などの影響で、気の流れやエネルギーのバランスが乱れ、体の機能バランスが崩れている状態のことを「病気」と考えます。

鍼灸治療では、この乱れた体のバランスを整えることによって、人間が本来持っている自然治癒力や免疫力を高め、体の不調を改善していこうとするものです。西洋医学が患部を部分的に治癒していこうと考えるのに対して、中国伝統医学では体全体を整えることによって患部も治癒させようという違いがあります。

皮膚の治療は肺を整えることが基本

中国伝統医学の理論を支えている自然観の一つに、「五行」という考え方があります。自然界のすべての物や現象を、「木、火、土、金、水」という5種類の要素の特性や、相互関係、運動からとらえようとする考え方です。人間の体で五行に対応する考え方が、「五臓六腑」※1といわれるもの。五臓六腑はお互いに関連しあっていると考えます。そのつながりのひとつに「肺は皮毛を主(つかさど)る」という言葉があり、これは皮膚や毛髪は肺がコントロールしているということを意味しています。中国伝統医学の古い文献には、アトピーに似た皮膚症状の記述もあり、昔から皮膚の治療には肺を関連付けていたことがわかります。実際の鍼灸の臨床現場では、肺を強くするための治療をすることで、アトピー性皮膚炎が改善されたという例が多くあります。

※1 五臓とは、肝、心、脾、肺、腎のこと。六腑とは、胆、小腸、胃、大腸、膀胱、三焦のことで、三焦は水分代謝全般を指す機能系を指します。

2.「ツボ」って何?

鍼灸治療では「ツボ」を刺激することで、体の不調を取り除いていきます。全身に存在するツボにはそれぞれ名前があり、それぞれが異なった性質を持ち、身体のあらゆる部分と関係しています。鍼灸の治療の基本的な考え方が「ツボ刺激」なのです。

「ツボ」は臓器に関わる12本の気の流れ上にあるもの

ツボ

中国伝統医学では、人間の体には「気」が流れていると考えます。この気の流れは「経脈」と呼ばれ、人間の体には12本の経脈が通っており、十二経脈といいます(イラスト参照)。

これらの経脈にそって、全身に360個以上※2もの経穴(ツボ)があります。たとえば、胃に関わるツボを結んだものが胃の経脈すなわち「胃経」です。そのほか、肝臓なら「肝経」、また肺なら「肺経」といったように、それぞれが臓器にかかわる気の流れとなっています。臓器の名をとった十二経脈はほかに「心経」「小腸経」「大腸経」「脾経」「腎経」「胆経」「膀胱経」があります。それ以外に「心包経」「三焦経」という2本の経脈があります。

足裏を指圧すると体調が整うのは、この経脈で連なったツボが足裏にもあるからなのです。ただし、経脈はあくまでもツボの連なりであって、血管のように実体が確認されているものではありません。

※2 WHO(世界保健機構)では、361個の経穴が認められています。

「ツボ」は刺激に反応し治療する点

ツボ
では、ツボとは何でしょう?

中国伝統医学では、体内の気と自然界の気の出入り口を「ツボ」(経穴)と考えます。そしてツボは体の中の異常反応を示す点でもあります。肺に異常があると、肺経にそれが現れます。そしてそのツボに適切な刺激を加えると、異常が緩和されることから、ツボは反応点であり、同時に治療点でもあるのです。

ツボの異常反応は、「虚実」という出っ張りやへこみとして現れます。出っ張っている時は気のエネルギーが多い状態、へこんでいる時は逆にマイナスの状態です。赤みがあったり、黒ずんでいることも。治療者はこれらを経験で見分けます。

「変化の表れたツボ」に刺激を与えて正常化する

季節や天気など自然環境が変わったり、ストレスによって情緒が乱れたり、食生活が乱れることで、気の流れが乱れたり、滞ることが病気の原因になります。気が滞ったときには、反応点であるツボには「虚実」という変化が現れます。この変化の現れたツボに刺激を与えて正常な状態に戻す、それがツボ療法です。

治療としては鍼、灸が基本ですが、養生法としての指圧もツボ刺激の仲間に入ります。ツボ刺激がなぜ体の不調に有効なのかは、ツボの刺激が神経を通じて脳・内臓に伝わって作用するという説(神経説)、ツボ刺激によって血液やリンパ液の流れがよくなるという説(リンパ説・血流説)などがあります。

鍼灸(しんきゅう)治療はどんな治療?

同じツボ治療ではあっても、鍼と灸ではその効果が違ってきます。たとえば、体の内側から起こってくる熱は、肺を悪くするとされています。この熱は「熱邪」と呼ばれ、肺熱を引き起こします。鍼には、人間の体に悪い作用を及ぼす熱邪をとるという作用があるといわれます。

使う鍼の種類は太さ、長さもさまざま。刺し方にもいろいろな手技があり、実際に皮膚に刺す鍼もあれば、刺さない鍼もあります。一般的には深刺と浅刺の間や鍼の太さで刺激の強さを調節します。

灸は鍼とは逆に、主に熱を入れる場合に用いられます。ヨモギの葉の裏にある柔毛からできている「もぐさ」をツボにおいて火をつけることで、ツボに刺激を与えます。冷えがある方には灸が向いています。足など下半身にお灸をすることで、血流が活発になります。

鍼灸には適応症があるので、まずは専門家に相談しましょう。また、薬物治療である漢方治療と併用する場合、治療方針が異なると、お互いの治療を打ち消しあってしまうことがあるので注意が必要です。(たとえば、鍼治療で熱を取る治療をし、漢方で体を温める治療をした場合など)。

中国の伝統医学で病気は体のバランスが崩れていることから起こると考えます。皮膚や毛髪は肺機能が司ると言われており、臨床現場でも肺を強くしてアトピー性皮膚炎が改善したという例もあります。

治療はツボへの刺激で行います。WTOでも361個のツボが認められています。変化の現れたツボに刺激を与えて治療を行います。

治療法は鍼、灸、指圧などがあります。これらの治療には適応症があるので専門家に相談しましょう。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー Dr.コパ

未評価です。

Dr.コパ

あとぴナビ2009年6月号より
取材・文/大石久恵 、撮影/橋詰芳房

幸せになる努力に、遅すぎることはありません

Dr.コパPROFILE
Dr.コパ
東京都出身。一級建築士、工学博士。
建築家として、設計事務所・祥設計を主宰。一方、家相学、方位学の第一人者として、風水をベースにした「開運インテリア」「風水パワー」を発表し、風水ブームを巻き起こす。簡単でわかりやすい風水学で幅広い支持を得て、Dr.コパの愛称で、雑誌、テレビ、ラジオ等様々なメディアで活躍中。

風水の第一人者であるDr.コパこと小林祥晃さんは、建築家、神主といった様々な顔をもっています。 そんなコパさんに、実はもう一つの顔があります。それは、アトピーをもつ3人のお子さんの父親としての顔。今回は、父親としてお子さんたちに愛情を注がれてきたDr.コパさんに、スポットを当ててみました。

風水に基づいた開運アドバイスで、テレビや雑誌で活躍中のドクター・コパさん。3人のお子さんはすでに成人しましたが、コパさんは、アトピーのわが子に寄り添ってきたお父さんでもあります。
「当時3才だった長男がかゆがって、突然激しく泣き出したときには『何が起きたんだ?』と驚きました。今思えば、あれがアトピーの発症だったんですね」。

学童期に発疹が目立ち始めても「そのうち治るだろう」と、コパさんは気楽に構えていました。でも、他の2人もかゆみを訴えるようになり、3人ともアトピーと判明したのです。上の息子さんは皮膚症状が悪化してイジメを受けたこともありましたが、友だちの存在に支えられ、元気に生活していました。一方、長女のドーター・コパさんは、皮膚は悪化しないまでも爪が傷みやすい状態に。軽症だった下の息子さんは、のちに医学を志すようになりました。

そして、お子さんたちのアトピー発症を機に、コパさんは住環境からアトピーの原因を探り、インテリアに風水を応用。
「子どもたちには申し訳ないけど、治りやすい環境を試す勉強にもなりました」。

これまでの生活環境を振り返りアトピーの原因をチェック


「当時、『コパさんは風水をやっているのに、子どもがアトピーなの?』と言われたこともありました。確かに風水は万能ではありません。でも、症状を緩和する方法を試そう!と、前向きに考えました」。

医者になった下の息子さんの「うちの家系は腎臓が弱いのかな。血液をろ過する腎臓が弱いと皮膚症状が出やすい」という言葉もあり、住環境を振り返ることに。ちなみに風水では、トイレの位置によって持病がわかるとされています。思い返すと、コパさん一家がこれまでに住んだ家は、すべて北から北西の方角にトイレがありました。これは腎臓や子宮が影響を受けて、体がむくみやすくなる位置でした。

「我が家は腎臓が弱点」という下の息子さんの言葉通り、弱点となる要素があったのです。「他の家の弱点を指摘してきた自分が、家を建て替えても、なぜか同じ場所に弱点を作っていたことに初めて気づきました」。また、東南は皮膚に影響する方角。東南の日当たりが悪くて風通しが悪い場合や、東南部分がベランダになって部屋がくぼんでいると、皮膚に影響が出やすいのです。「当時住んでいた家は東南が近所と隣接し、やや圧迫感のある環境でした。自分の家のことは盲点でしたね」。

「次に建て替えるときはトイレを北に置かない」と決めたコパさんですが、今度はお風呂場を北に作ってしまいます。
「北に水場があると腎臓系が影響を受けやすいと知りながら、なぜ繰り返してしまうのか。もしかすると方位が体に影響を与えるというより、そういう運を持っているから北に水場のある家を建ててしまうのか?と、風水の不思議さを感じました」。
そして、配置を変えられないものはカーテンの色やベッドの向きなど、インテリアで工夫しようと思考を転換したのです。

色と家具の配置を工夫して皮膚をきれいにする風水を実践

まずは北側のラッキーカラーとなる暖色、ピンクやオレンジをお風呂場に。肌をよくするために、東南にもピンクを置きました。その後、下の息子さんの症状が徐々によくなり始めました。

また、「娘は東南の風に当てると縁が早くなる」といわれるため、ドーター・コパさんの部屋を東南に配置してピンクで統一。爪の健康状態も、その後よくなり始めました。実はコパさんは「幸せは指先でつかむといわれるから、爪がきたないのは女の子として幸せになりにくいということだよ。自分の爪に『しっかりしろ!』と言い聞かせなさい」と、娘さんに厳しい言葉を言ったこともありました。
「すると彼女は自分の爪をなでながら、『私のためにきれいになってよ』と願い続けたんです。それを3年ほど続けた頃には爪がきれいになっていましたね。彼女なりに自分がダメージを受けやすい部分を元気づけたんだと思います」。

コパさんが一番頭を悩ませたのは、症状が重かった上の息子さんの部屋でしたが、「跡取り息子は朝日に当てろ」「皮膚の症状を改善するには、きれいな水のある場所に住まわせろ」という風水を実践。
「長男の部屋は東に配置し、床も壁もカーテンもきれいな水をイメージできる水色にして、ドアの色まで徹底しました。一方、医者志望の次男の部屋は、医者の色であるグリーンに統一しました」。
「3人とも幸せになってほしい」という親の願いをインテリアに託したのです。しかし、家が完成した直後、上の息子さんは水色の部屋に入ることを拒否。
「僕は『なんとしても彼をこの部屋に入れよう』と思いました」。それは長年に渡って息子さんの症状に胸を痛めてきた親心からでした。その後、息子さんは漢方薬も服用し始めて、自主的に体質改善をスタート。水色の部屋で暮らし始めて3年目には症状が緩和していきました。

幸せと美肌を呼ぶメッセージ

幸せになる努力に、遅すぎることはない

人は幸せになるために生きるもの。「幸せになりたい!」と思うタイミングに年齢や時期は関係ありません。

努力とは開運のための努力をいう

目標を達成するためには努力することが大切ですが、「幸せになるため!」という目標に向かって努力することが重要です。

東にブルーで肌は若くなる

「肌がきれいになる」とされる風水が東にブルーを配置すること。ブルーは清らかな水をイメージした色だからです。

東南にピンクで肌と友人がよろこぶ

東南にピンクはラッキーカラー。ピンクは赤ちゃんの肌色を象徴するとともに、人間関係をスムーズにする色です。

アトピーだけにとらわれずわが子の幸せを願い続けた

風水で建築した家に暮らして10年。今では3人ともアトピーの症状がおさまり、上の息子さんはこの5月に結婚。アトピー改善のため、生活環境を見直したいという人の相談には、「一に掃除、二に換気、三に色使い」の順番で試すことをすすめています。とくに部屋の換気は重要。
風水では「空気が動くことが人を健康にする力を持つ」と考えられているからです。「『コップ1杯の水を枕元に置く』『東にきれいな水を置く』など、まずは手軽にできることから試してみてほしいですね。また、『東南にピンク』を置くと人間関係が良好になり、周囲が何かと助けてくれます」。

風水にはアトピーを直接治す作用はありませんが、「人生の免疫力を高めて幸せを呼ぶ力がある」と、コパさんは考えます。
幸せになった人に話を聞くと、誰もが「毎日コツコツと努力した結果」と答えます。やはり目標に向かって努力を惜しまないことが幸せにつながるのです。
「大切なのは、環境を整えて、幸せになろうと願いながら努力することです。それによって、幸せをつかむ力がアップします」。コパさんは「たとえアトピーが治らなくても、運のいい子に育てよう」と、お子さんたちを見守ってきました。そして「人は幸せになるために生まれてくるんだよ。たとえアトピーでも、幸せになれればいいじゃないか」と伝え続けてきました。
「自分はアトピーを経験していないから、子どもたちへの理解が足りないのかもしれない」「だからこそ対話しよう」と、常に心がけてきました。「実は4年前、漢方薬を服用した際に体内の毒素が出て、全身に湿疹がふき出しました。かゆみがこんなにつらいものとは!と、初めて息子と同じ苦しみを知りましたよ。今では『一病あって家族がまとまった』と思っています」。

医療ナビ アトピーと心のコーピング

未評価です。

アトピーと心のコーピング

監修:YMJコーピング研究所
コーピングとは、ストレス状態を平常な状態に戻そうとする行為のこと。コーピングでアトピーの悪化を予防しましょう。
取材協力/田村綾子(YMJコーピング研究所シニアインストラクター)

例えば「おはよう」とあいさつした相手から反応がなかったらあなたはどう感じますか??
あいさつした相手から反応がなかったら

悲観的に考える人、相手の気持ちを思いやる人、気にしない人など、感じ方はさまざまです。その中でも「マイナスの思考回路」を習慣的に持っている人は、どうしてもストレスを抱えてしまいがちになります。そういった感情の動きは、体の機能をも低下させます。心身相関という意味では、アトピーの人にとっても、症状を悪化させてしまうことにもなりかねません。
実際のところは、冒頭のように“挨拶したら返事がなかった”という事実があるだけです。このストレス刺激に対して過剰にマイナスに考える人は、自分からストレスを大きくしてしまっているのです。

1.ストレスに対処する技術を身につけよう

ストレスは誰にでもあります。ただし、ストレスへの考え方や対処法には個人差があり、学校で同じように先生に叱られたにもかかわらず、職員室を出るとケロッとしている人もいれば、いつまでもクヨクヨしてしまう人もいます。しかし、クヨクヨしてしまう子どもだった人でも、大人になって上司に怒鳴られても上手に気分転換できるようになっていたりすることもあります。つまり、ストレスへの対処のしかたは先天的なものではなく、身につけることができる技術のようなものなのです。

これを心理学の言葉では「コーピング」と呼びます。コーピングは英語の“cope”(難局に対処する)を語源としています。その通り、ストレスという難局に対処し、ストレス状態を平常な状態に戻そうとする行為がコーピングです。コーピングを上手に取り入れながら、アトピーの悪化を予防しましょう。

2.コーピングの第一歩 まずは「自分」を知ろう!

マイナス思考は、自分を過少評価したり、刺激を過大に感じたりすることからも生じます。過小評価や過大評価をしている自分に気付くことから、ストレスコントロールは始まります。

チェック

セルフトークは自分の考え方の傾向を知る大切なヒントです。「自分はアトピーだ」というストレスに対してどのように感じていたのか、何に対してもっともストレスを感じているのかなど、多くのことがわかります。さぁ、自分を振り返って、自分のセルフトークを書き出してみませんか。何かしらの発見があるはずです。

注意!コーピングは病気にならないための予防策。病気になってしまったら専門家に!

 
たとえば「試合の緊張感のおかげで逆に今まで以上の成績を出すことができた」というように、ストレスは悪いものばかりではありません。しかし、過度のストレスが続けば、心身に大きなマイナスの反応となってあらわれます。
心の反応としては、怒り、不安、悲しみ、興奮などがありますが、これが慢性化すると物忘れが激しくなる、判断力が低下する、抑うつ感があらわれる、自尊心が低下するなどの重い症状になることがあります。体の反応としては、発汗、血圧の上昇、心拍数の増加などがありますが、これが慢性化すると円形脱毛症、胃潰瘍、慢性疲労、メニエール病などの症状が出ることがあります。
コーピングは、ストレス反応を慢性化させないための技術ですから、これらストレス反応によって起きる心身の病気を予防するためのものです。すでに病気になってしまっている方は、専門の病院で治療を受けましょう。

3.「あるがまま」の自分を知ることが大事

自分をあるがままにとらえられないことからストレスが生まれます。ストレスに負けないためには、まず本当の自分を知ることです。

認知のゆがみを知ることでセルフトークが変わる自分も変えられる

 
心理学では「認知のゆがみがストレスを生む」といいます。「認知のゆがみ」とは、思考が非合理的、非論理的になっている状態で、たとえば冒頭の「“おはよう!”と挨拶したのに反応がないのは、自分が嫌われているから」という考えは、明らかに論理的ではありません。事実として確かなのは、挨拶に反応がなかったというだけです。その理由が単に聞こえなかっただけかもしれないのに、勝手に自分が嫌われていると否定的に感じています。これが認知のゆがみです。そして自分の認知のゆがみを知るための、最適な材料がセルフトークなのです。

「新しい薬や治療法を試してみましょう」と医師に言われて「どうせまた効かない」というセルフトークをしたとします。事実として確かなのは、これまでいくつかの薬や治療法を試したが、まだアトピーは改善していないということです。そもそも新しい治療法が効くかどうかはまだわかりません。どうせ効かないと考えるのは明らかに論理的ではありません。また、これまでも「どうせ効かない」と思って、真剣に治療しなかった自分に責任があったかもしれません。「どうせダメだ」と心に予防線を張って、治療が上手くいかなかった場合のショックを自分から軽くしようとする気持ちが表れていたのかもしれません。
このことが認識できたら、自然と「どうせまたダメ」が「今度は効いてほしい」に変わり、「真剣に治療に取り組もう」に、セルフトークも変化しているはずです。

COLUMN

元シンクロナイズド・スイミング銅メダリスト

田中ウルヴェ京さんの ストレスコーピング

YMJコーピング研究所の田中ウルヴェ京さんは、ソウルオリンピックで銅メダルを獲得。現役引退後、喪失感に襲われた田中さんは「コーピング」と出会うことで、ポジティブ思考を取り戻すことができました。

田中さんは、 1988年、 ソウルオリンピックのシンクロナイズド・スイミング(以下シンクロ)で、小谷実可子さんとデュエットを組み、見事銅メダルを獲得しました。 シンクロはすでに注目種目だったこともあり、当時の田中さんは、大変な有名人でした。この頃の田中さんは自分では気づかぬうちに「私は偉い人間なんだ」「メダリストは特別」という勘違いなセルフトークをしていたと振り返ります。幼い頃から水泳、シンクロ一筋に努力を重ね、その努力が実り、オリンピックメダリストとなり、スターとなったのは事実です。しかし、ここに認知のゆがみが表れてしまいました。

人気者となったのだと誤解して、引退、数年がたち、1992年のパルセロナオリンピックが近づいてきた頃のことです。世間の注目は当然ながら代表選手たちに集まり、田中さんはいつの間にか注目されない「過去の人」となっていました。このとき田中さんは、語りつくせないほど大きな喪失感を抱えたと言います。「シンクロ選手でない私はいったい雑?」という「自分の存在価値を見失う」ストレスは、生死にかかわるほどのものだったそうです。

田中さんがそこから脱出できたのは、アメリカ留学で学んだ心理学の授業で、ありのままの自分に気がついたことがきっかけでした。田中さんは、「りっぱな実籟を残した選手としての自分に強いアイデンティティを持てば持つほど、引退後の喪失感が大きい」という研究結果そのものだったのです。これをきっかけにして、田中さんはありのままの自分を見つめ直す努力を墾ね、引退後の喪失感を克服していったのです。

アトピー性皮膚炎はストレスとなって体や心を傷つけますが、コーピングで少しでも楽になる手法を学びましょう。ポイントはストレスへの対処法を学ぶことですが、自分を知ることからストレスコントロールができるようになります。

思考が非論理的、非合理的になっていることを認知のゆがみといいますが、ストレス状態はこの認知のゆがみが原因の場合があります。例えば「どうせ・・・だから」といった非論理的な考え方もそうです。

コーピングによってストレス対処技術を身につけることができれば、病気の悪化を防ぐこともできます。

過度のストレスは発汗、心拍数の増加、そして円形脱毛症、胃潰瘍、慢性疲労などを発症することもあります。自らを知り、ストレス対処法を学んでいきましょう。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 水野 雄仁

未評価です。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 水野 雄仁

あとぴナビ2009年3月号より
取材・文/津留有希 、撮影/橋詰芳房

水野 雄仁さんPROFILE
水野 雄仁
1965年生まれ。徳島県出身。プロ野球選手、野球解説者。池田高校時代、甲子園に3大会連続出場。うち1982年夏は外野手として、翌1983年春はエースピッチャーとして、全国優勝を果たす。ドラフト1位で巨人に入団し、1987年には10勝を上げ、チームの柱に。肩や肘の手術を経た後も、リリーフ、中継ぎとしてチームの勝利に貢献した。引退後は巨人の投手コーチを3年間勤めたあと、野球解説者、評論家として活躍中。

ポジティブに生きていくコツはがんばっている自分を自分がいちばん信じてあげること

さわやかな語り口の野球解説で、幅広い年齢層から人気のある水野雄仁さん。甲子園で大活躍した高校時代から「阿波の金太郎」と呼ばれ愛された人です。しかし、そのプロ野球選手時代は、挫折と再生の苦しい戦いの連続でした。水野さん流の、試練を乗り越え、前向きでいるための心構えとは?

読売ジャイアンツの投手として、「金太郎」の愛称で親しまれていた水野雄仁さん。現在はプロ野球解説者として活躍中です。引退して10年以上が経った今も、スリムながらがっしりした体型、さわやかな笑顔で、颯爽と取材場所に現われた様子はまさにスポーツマンという雰囲気。「13年と短いプロ野球現役生活でしたけど、いいライバルや友人に恵まれて、充実していました」と、穏やかに選手生活を振り返る水野さんの野球人生は、しかし一筋縄ではいかないものだったのです。徳島県で生まれた水野さんは、小学生のときお兄さんの影響で野球を始めます。

楽しい遊びとして野球をしていた水野少年が初めて「プロ」を意識したのは、忘れもしない12歳の誕生日。「王さん(王貞治氏)が世界記録になる756号ホームランを打ったんですよ。まるで僕への誕生日プレゼントみたいで、うれしくてね。あんな感動を与える人になりたくて、プロ野球選手を本気で目指す決意をしたんです」中学に入学しても、もちろんクラブは野球部。さらに自主的に野球道場にも通い始め、毎朝、毎晩、厳しい指導を受けて鍛錬に励みます。それもすべて、「甲子園に出場して、プロ野球選手になるんだ!」という夢のため。そんな水野さんの中学生離れした野球能力を見抜いた県立池田高校から「ぜひうちに来ないか」と声がかかったのです

甲子園3大会連続出場、そしてプロへ父の言葉に励まされて


池田高校での水野さんの活躍は、華々しいものになりました。当時の池田高校は、名将・蔦文也監督のもと、〝やまびこ打線〞と恐れられた打撃力と、1年先輩のピッチャー畠山準氏(元横浜ベイスターズ)、そして水野さんという充実した投手陣とで、向かうところ敵なしのチームへと成長していったのです。1982年夏の甲子園と、水野さんがエースとなった83年春の選抜甲子園では、堂々の2大会連続全国優勝! 日本中が「池田高校」と「エース水野」の名を知ることになり、ひたすら野球に励んできた高校生は、あっという間に有名人になりました。

「全国紙の一面や、セブンティーンなどの雑誌にアイドル並の扱いで載ったこともあります。つい勘違いしそうになるんだけど、監督は相変わらず厳しいし、池田は田舎で環境も変わらないし、やっぱり黙々と野球やってましたね」83年夏の甲子園でも水野さんはエースとしてチームを牽引し、準決勝進出の戦績を残しました。

甲子園3大会連続出場という輝かしい経歴をもって、水野さんはドラフト1位で読売ジャイアンツに指名されます。誰もがうらやむ順調なスタートで、あこがれていたプロ野球選手の仲間入り。しかし、トントン拍子に見えた水野さんの野球人生にも、試練が襲いかかります。85年のグアムキャンプでのこと、スーツケースのタイヤが階段に引っかかり、無理に持ち上げた衝撃で、肩の骨がずれてしまったのです。

肩と肘の故障。リハビリを乗り越えて

高校診断は、肩関節亜脱臼でした。どう手を尽くしても引かない痛みに単身渡米し、ピッチャーにとって命ともいえる肩を手術しました。「それはもう、ショックでしたよ。当時の日本では肩にメスを入れた投手の前例はなかったし、取り巻きのマスコミにも相手にされなくなって、不安と孤独でいっぱいでした」。しかし、水野さんはそのとき、「ちやほやされて調子に乗っていた。自分には野球でがんばるしか道がないのだ」と、自分を見つめ直します。地道なリハビリをコツコツ重ね、翌年にはみごと1軍に復帰。プロ入り初の2桁勝利を飾るなど、巨人軍の柱のひとりとなりました。「人間は潜在的にすごいパワーを持っているんです。それを信じて、なかなか成果の出ない治療を繰り返しながら、少しずつ進みました」。

完治したとはいえ、無理はできない肩になった水野さんは1試合の投球数を制限され、そのため先発ピッチャーではなくリリーフとして起用されるようになります。そして92年、さらなる挫折に見舞われました。肩をかばって投げるフォームのせいで、肘に遊離軟骨ができてしまい、再度の手術となったのです。「肩を壊したハタチの頃より精神的にはきつかったですよ。休んでいるうちに若いピッチャーが力をつけ、試合に出ているんです。『僕には戻る場所があるのか!?』と、非常に焦りました」。

歌手・女優:早見優それでも水野さんは「失ったものを悔やんでも仕方ない、リハビリ期間を有意義に使おう」と気持ちを切り替えます。苦手なバッターの資料を集めて研究し、速球が無理ならば球種を増やそうとフォークボールを自主的に身につけたのです。常に心にあったのは、蔦監督の口ぐせ〈勝負は一瞬の行、鍛錬は千日の行〉。一瞬のチャンスをものにするためには、毎日の鍛錬が必要だという言葉の通り、黙々と練習に励みました。
努力の甲斐もあって、再度の一軍復帰。それからは勝負度胸のある貴重な中継ぎ投手として、肩と肘に限界を感じて引退を決意する31歳まで、熟練の技巧派として数々の名場面で活躍しました。

引退後の水野さんは、巨人軍の投手コーチを経て、現在は野球解説者。「わかりやすくて偏らない解説を心がけています。そうすると、選手時代ともコーチ時代とも違う発見があるんですよね」と、相変わらず前向きです。そんなポジティブ・シンキングの秘訣とは?
「人生にはさまざまな選択肢がありますが、どちらかを選んだ以上、『もし、もうひとつの道を選んでいたら…』なんて、僕は絶対に考えません。自分の選んだ道で、ひたすら頑張るだけです。せめて自分ぐらいは、自分を信じてあげなくちゃね!」