アトピー性皮膚炎の知識

医療ナビ 子供のアトピー性皮膚炎、発症・悪化研究最前線(後編)

未評価です。

4.アトピー性皮膚炎悪化の原因と対策

アトピーを悪化させる要因は決してひとつではありません。人によって悪化因子は違いますが、ドライスキンによって弱まったバリア機能と大きな関係があることがわかってきました。

アトピー性皮膚炎の改善のためには悪化因子を把握することが大切

アトピーの症状を悪化させる要因にはさまざまなものがあります。
表4は群馬大学で調査されたアトピーを発症している人にとっての悪化因子に関するアンケート調査です。

平均22歳の成人48人中、悪化因子として飛び抜けて多かったのが汗(17名)で、次いでダニ、衣類と続いています。
この48人がアトピーになり始めた子どもの頃、何が悪化因子だったかを調べると、1位は鶏卵(27名)、次いで牛乳(21名)、汗は3番目(17名)でした。
このように、年齢によって悪化因子は変わっていくのです。
アトピーを改善するためには、自分のアトピーにとっての悪化因子を把握することが大切です。

heh1_15_8[1]

乳児期は食物アレルギー、幼児期は汗やダニ

群馬大学の調査でもわかるように、子供のころと成人してからでは悪化因子は必ずしも同じではありません。
表5は東京大学で調査された悪化因子の割合を年代別に示したものです。
これを見るとわかるとおり、食物アレルギーは年を経るにしたがって減少し、汗は逆に増加しています。

乳児期に食物アレルギーが悪化要因になりそれが次第に減少していくのは、消化管が成熟することと、免疫機能も発達し、バランスのとれた反応ができるようになるためと考えられます。
乾燥が増加していくのは、成長するにつれてドライスキンが進行し、肌のバリア機能が弱まり、外部刺激に敏感になることと関係があります。
汗をかきやすい赤ちゃんですが、赤ちゃんのころは皮脂も十分に分泌されているので水分が蒸発せず、
皮膚を守るバリア機能が効果を発揮しているからです。
これは、皮脂が多い鼻の頭にはアトピー症状が出にくいことからもわかります。
このことから、乳児期は食物に、幼児期になったら汗やダニなどの外的因子に注意することが大切になってくるのです。

p6

ドライスキンは重要な悪化因子、スキンケアが大切

ドライスキン(肌の乾燥)は年齢とともに進みます。表5の結果とも関連していますが、皮脂の分泌はどんな人でも3歳ごろには少なくなっています。
ドライスキンはバリア機能が弱まっているので、さまざまな外的因子がアトピーを悪化させてしまうのです。

バリア機能を障害する要因には、外的因子と内的因子があります。外的因子としては、紫外線、湿度、掻き壊し、汗、衣類、石鹸の多用、微生物などさまざまで、内的因子には皮脂分泌などの生理機能、遺伝的素因、ストレスなどがあげられます。

活動的になる幼児期からは、ドライスキンを防止するためにスキンケアが大切になってくるのです。ドライスキンとアトピー悪化の関係は現在調査が進められています。

対策

乳児期は食物アレルギー、幼児期は汗やダニ

p7

汗がアトピーの悪化因子となるのは、汗をかくとかゆくなるからです。

自分の汗を皮下注射する実験を行うと、アトピーの人の80%以上に発疹ができるというデータがあります。
アトピー患者の汗には何らかのかゆみの刺激となる成分が入っているか、その成分に敏感であることが考えられます。
しかし汗をかくこと自体が悪いのではありません。
むしろ運動して汗をかき、代謝を促進することは大切です。
ただ、汗をかいた後皮膚に汗の成分を残すことがよくないのです。

実際に、小学校でシャワー浴を実施し汗を洗い流したら、アトピーが明らかに改善したという報告もあります。
家庭でも汗を洗い流して、アトピー改善に役立てましょう。

このとき注意しなくてはならないのは、汗だけでなく皮脂を落として皮膚のバリア機能を弱めてしまうことです。 皮脂を落としすぎないように、シャワーの浴びすぎや熱いお湯の使用は避けましょう。

体温±2℃程度がベストの水温といわれています。
石けんなどは1日に何度も使うのはやめましょう。

しかし、注意して汗を流しても皮脂は失われます。
まだ体がぬれているうちに保湿剤を塗れば、脂分と水分のバランスを保てるため、バリア機能はさらに高まることも覚えておきましょう。

アトピー性皮膚の悪化因子は人により年齢によりさまざまです。子供は例えば鶏卵、牛乳、汗。大人は汗、ダニ、衣類などが悪化因子となります。

乳児期は食物、幼児期は汗やダニなどの外的因子に注意することが大事です。ドライスキンは年と共に進むのでアトピー性皮膚の悪化因子として要注意です。

汗は決して悪化要因というわけではありません。むしろ運動で代謝を促進するのは大事なこと。

汗は洗い流すことが肝心です。その際に流し過ぎないこと、また体が濡れているうちに適切なスキンケアを行いましょう。皮脂と水分のバランスを保つためにも大切です。

医療ナビ 子供のアトピー性皮膚炎、発症・悪化研究最前線(前編)

未評価です。

title

kouno
監修/河野 陽一(こうの・よういち)
千葉大学大学院医学研究院
小児病態学教授
1973 年、千葉大学医学部卒業。専門は小児科学、小児アレルギー学、小児免疫学など。
アトピー性皮膚炎の障害臓器決定に関わる細胞接着分子CLAの存在を解明するなど、多くの業績がある。
現在は厚生労働省、免疫アレルギー疾患予防・治療研究事業において、
アトピー性皮膚炎の有症率調査法の確立および有症率(発症率)低下・症状悪化防止対策における生活環境整備に関する研究」の主任研究者を務めている。

厚生労働省では、免疫アレルギー予防・治療研究事業として、アトピー性皮膚炎の発症・悪化について全国レベルで調査が行われ、予防対策について検討されています。
厚生労働省の研究事業でもあるこの調査・研究がどこまで進んでいるか、アトピー性皮膚炎の研究最前線をお伝えします。

1.アトピー性皮膚炎有症率に世代間で差がある理由

p1

東京大学の研究チームが昨年、東京大学職員2123名を対象に成人のアトピー性皮膚炎(以下アトピーと略す)の有症率を調査しました。
この調査によると年代別の有症率は、
20代で9.8%(うち軽症者は76.9%)、
30代で8.7%(軽症者は72.2%)、
40代で4.4%(軽症者は82.4%)、
50〜60代では2.6%(軽症度100%)
という結果になりました。
.年齢が高くなるほどアトピーの有症率が減っているという結果から、「やっぱりアトピーは子どもの病気。大人になれば治るんだ」と考えた方がいるかもしれません。
本当にそうなのでしょうか?

確かに以前は子どもでアトピーを発症しても、成長するに連れて症状が寛解する場合がほとんどでした。
しかし、今の子どもたちが高齢化したとき、アトピー有症率は激減するでしょうか。
おそらくこの割合は大きく変わらない可能性があります。
と言いますのは世代間の有症率の違いは、年齢による差ではなく、それぞれの世代が乳幼児期を過ごした環境の差で、戦後大きく変わった生活環境や食習慣が、世代間のアトピー有症率に大きく影響していると考えられるからです。

この仮説を裏付けるために、発育とともに子どものアトピーがどのように変わっていくのかという研究も進んでいて、長期間同じ子どもたちを調査対象にしてアトピー症状の変化を調べる追跡調査も行われています。

2.アトピー性皮膚炎発症の実態とメカニズム【1】

アトピー性皮膚炎有症率の調査によって、アトピー発症のメカニズムがだんだん明らかになってきています。
アトピー発症に大きく関係するのは乳幼児期を過ごした環境と大きく関係があることがわかってきました。

p2

子どもの10人に1人がアトピー性皮膚炎

平成14年度に厚生労働科学研究の一環として、アトピー性皮膚炎の全国調査が行われました。アンケート調査でなく、実際に医師が診断を行った調査で、乳幼児〜学童までのアトピー有症率には大きな差がありませんでした。
全国平均でみると、生後4カ月では12.8%、1歳6カ月では9.8%、3歳で13.2%、小学1年生で11.8%、6年生で10.6%でした。年代によって多少違いはありますが、乳幼児〜学童期ではおよそ10人に1人がアトピーを発症していることがわかりました。
.平成4年度に行われた同様の調査では、1歳6カ月で5.3%、3歳で8.0%でした(表1)。1歳6カ月では約1.8倍、3歳では約1.6倍に増加していることがわかります。
ところが、3歳児を対象に行った別のアンケート調査によると平成8年から13年の間でアトピーの有症率はわずかに減少していることがわかります(表2)。
実際にアトピー患者が増えているのか、減っているのかは、これからの研究が必要ですが、およそ10人に1人がアトピーという数字は決して少なくありません。
生活の質を低下させるこの疾患の性質からも、今後の対策を考えていく必要があります。

p3

アトピー性皮膚炎は遺伝因子と乳幼児期の環境因子が複雑に絡み合って発症する

この全国調査によると、子どもではアトピー有症率に男女差はほとんどありませんでした。
また、かつては農村部と都市部で有症率に差がありましたが、最近は差がなくなっています。
これは全国的に環境のミニ都市化が進行したことが原因ではないかと予想されています。
これらの有症率に関するデータから考えられることは、乳幼児期に育った環境の影響は、アトピー有症率に大きく反映するということです。

もちろん似たような条件で育ってもアトピーを発症する子どもとしない子どもがいます。
環境因子と遺伝因子が複雑に絡み合って、アトピーは発症するからです。
こうした発症のメカニズムについても、さまざまな研究が進められています。

p4

子供は大人になればアトピー性皮膚は治るのでしょうか。生活環境が昔とは大きく変わり必ずしも良くなるわけではないようです。

調査によると乳幼児期の環境とアトピー性皮膚の発症が関係あるようです。ただしアトピー性皮膚の乳幼児の有症率はわずかに減少しています。

男女差はほとんどなく、地域差も減っていることから全国的に環境がミニ都市化していることが考えられます。

妊娠中の母親の風邪や黄色ブドウ球菌が乳幼児のアトピー性皮膚の発症に関係するというデータもあります。さらなる調査が待たれます。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 金澤翔子

未評価です。

金澤翔子さん

あとぴナビ2010年4月号より
取材・文/大石久恵 、撮影/橋詰芳房

 

金澤翔子さん

金澤翔子さんphoto

PROFILE
金澤翔子(小蘭)
1985年東京生まれ。母でもある金沢蘭鳳に師事し、5歳より書道を始める。10歳で「般若心経」を書く。14~17歳の間、日本学生書道文化連盟展で金賞、銀賞を毎年受賞。19歳で雅号、小蘭を取得。20歳で銀座書廊において個展「翔子 書の世界」を主催。以降、数々の個展を開催し、鎌倉建長寺や京都建仁寺へ書の奉納も行う。
金澤泰子(蘭鳳)
女流書家。学生時代より、短歌、能を学ぶ。1977年、書道「学書院」に入会し、柳田泰雲に師事。1985年、翔子誕生。1990年、翔子のために久が原書道教室を始める。1998年、書道「泰書會」に入会。柳田泰山に師事。著書に『愛にはじまる』(ビジネス社)、『天使の正体』(かまくら春秋社)がある。

 

ダウン症候群の金澤翔子さんは、二十歳のときに初の個展を開いて以来、多くの人に感動を与える書道家として活躍しています。翔子さんを支えるお母さまの泰子さんも、後進を指導するベテランの書道家です。「ダウン症の娘を授かり、かつては悲嘆にくれたこともありましたが、今は翔子が私の娘で幸せです」。金澤さん母娘がこれまで歩んできた道のりや、天衣無縫な翔子さんの魅力について、泰子さんに数々のエピソードを伺いました。

 

昨年秋、京都の名刹・建仁寺で、国宝「風神雷神図屏風」の隣に「風神雷神」の書が展示されました。書の作者は金澤翔子さん。ダウン症候群の女流書道家です。
「風神雷神図」といえば、江戸時代を代表する画家・俵屋宗達の最高傑作。屏風の右側に黒雲に乗って風を操る風神、左側に雷太鼓を打ち鳴らす雷神の姿が描かれ、天空を駆ける両神のダイナミックな構図で知られます。
この国宝に関する知識はなくとも、何の迷いもなく書きあげた、躍動感にあふれる翔子さんの作品は、奇しくも「風神雷神図」の構図と同じでした。
「風神と雷神の向きや余白が同じように書きあがったときは驚きました」。母・泰子さんをはじめ、周囲の人たちが息をのんだ瞬間でした。
 

出生、そして葛藤

翔子さんがこの世に生を受けたのは、泰子さんが42歳のとき。3回の流産を経ての待望の出産だったため、産後、医師から「知的障害があり、一生歩くことができないかもしれない」と告げられたときは、奈落の底に落とされた思いでした。
「将来に希望のない子を授かってしまった」「障害を持つ子がなぜ私の元へ?」と涙、涙の毎日。「周囲に迷惑をかけないよう、二人でどこかに消えてしまおうか」と、当時の日記には心の葛藤が綴られています。思いつめて、地震が来たらベランダから落としてしまおうか?と考えたことさえありました。
「でも、実際に地震が来たら『翔子!』と抱いて守ってしまったんです」。わが子を殺すことも、一緒に死ぬこともできない…。
「生きていくしかないんだ」と、泰子さんは思いとどまりました。「といっても、なかなか希望を持つことができず、『もしも神様がいるのなら、奇跡を起こしてほしい』『ダウン症が治るのなら私の命を差し出します』と、ひたすら祈りました」。翔子さんが3歳になるまでは葛藤が続いたのです。

 

転機

「以前、ダウン症で医師になった人がいるという話を聞いたんです。今思えば聞き間違えか何かだと思いますが、当時は光が見えた気がしました」。地震から本能的にわが子を守ったことで、強い母性に気づいた泰子さんは、少しの可能性にでもかけてみたいという思いでいっぱいでした。
その後は「この子にも何か可能性があるかもしれない」と、ピアノやスイミングなど、様々な経験をさせるようになります。
もともと書道の師範だった泰子さんは、5歳の翔子さんに書道も教え始めます。そして、10歳のときに親子で〈般若心経〉に挑戦し、書道に真剣に取り組み始めました。
大きな紙に升目を引き、一字一字厳しく指導。「そうじゃないでしょ?」「何回言えばわかるの!?」。母の厳しい言葉が飛ぶたびに、翔子さんは涙をぽろぽろとこぼしました。でも、一行書くたびに「ありがとうございました」と先生である母に頭を下げ、最後まで書き上げました。
「当時の翔子は、文字の骨格となる〈斜め右上がり〉と〈平行〉という概念を理解できませんでした。そこで母娘で坂を登っては下り、踏切でひたすら線路を見せて、体で覚えさせました」。今でも、右上がりの線を〈坂〉、平行に書くことを〈線路〉と呼ぶ翔子さん。翔子さんの躍動感あふれる文字には、母が懸命に寄り添い、身につけさせた書道の基本が生きています。

p2.jpg

 

信頼

p3

今では深い信頼関係で結ばれている金澤さん母娘。その信頼の根っこは、翔子さんの出生時の強運にあるといいます。
泰子さんは、当初大学病院で出産する予定でしたが、さまざまな偶然が重なって個人産院で出産し、妊娠中に羊水検査を受けることがありませんでした。
また、自然分娩を薦められましたが、帝王切開を選びました。「もしも大学病院に行ったら、羊水検査でダウン症とわかり妊娠を断念していたかもしれません。それに、自然分娩していたら、翔子は命を落としていた可能性が高いんです」。
「この子は、この世に生まれてきたくて生まれてきた子。だから『何があっても翔子は大丈夫』と信じられます」。泰子さんは翔子さんの可能性を広げるため、なるべく手を貸さずに自分でやらせます。
「ダウン症は何もできないと思われがちだけど、料理も掃除も教えて、買い物もできます。スーパーではレジの千の位を見て、千円札を1枚多く出しておつりをもらう術を心得ています。時計の読み方がわからなくても、好きなテレビ番組の時間はなぜかわかるの(笑)。彼女なりの方法で、生きる知恵を持っています」。
帰りが遅いと「迷子になったのでは?」と周囲が気をもむこともありますが、泰子さんは「大丈夫。帰ってくるわよ」と、動じません。お母さまがドーンと構えて、いつも笑顔でいることが、翔子さんの安心感となっているのです。
 

無垢

「ダウン症の子って、競争心も妬みも持たず、愛にあふれているんですよ」。翔子さんにとって、人に喜んでもらうことが自分の喜び。中でも「お母さま」に喜んでもらいたくて書道を続けています。
「彼女は『うまく書きたい』と計算せず、駆け引きのない無垢な心で書いています」。幼少期から体で覚えた文字の骨格。そこに天真爛漫で無垢な線が乗ったとき、周囲をハッとさせる奇跡が起こります。翔子さんには、たびたび書道の神様が舞い降りたのか?と、周囲を驚かせる瞬間があります。
「偶然といえば偶然ですが、私にはこんな字は書けないなと思う瞬間です。『翔子は魂の純度が高いんだなあ。それが字に表れているのかもしれない』と思いました」。1000人に1人といわれるダウン症は、染色体が人より1本多いがゆえに、知的障害もあるけれど、ひとつのことに取り組む集中力や周囲を和ませる資質を持っています。慈愛に満ちたまっすぐな心。これは、神様が与えてくれた1000人に1人の奇跡なのでしょう。

 

使命

結婚当初は「女の子が生まれたら日本一の書道家に」と考えていた泰子さん。それだけに、障害を持つ子を授かったときの落胆は大きなものでした。でも、翔子さんとともに歩むうちに「この子には、この子のよさがある」と肩の力が抜けていきました。「翔子は何をしてもビリでしたが、ビリにはビリの役割があるんです。学校の先生にも、『翔子ちゃんのいるクラスは雰囲気がやさしくなる』と言ってもらいました」。あるとき、泰子さんは友人から「お嬢さんには天が与えた才能がある。でも、それは天から与えられた役目があるということよ」と言われ、「これからはほめられて喜ぶばかりでなく、『人の役に立ちたい』と考えるようになりました」。
かつての自分が乳児期の翔子さんを泣きながら育ててしまったことを後悔しているだけに、「泣きながら育てないで!」「ダウン症の子はすごくいいものを持っているのよ」と、多くのお母さんたちに伝えていきたいと言います。
「これからは翔子の姿を多くの人たちに見てもらい、障害児のお母さんたちに希望を持ってもらえたらと思っています。それは私たち親子が天から授かった使命なのでしょう」。

 

医療ナビ 科学物質過敏症とアトピー(後編)

未評価です。

科学物質過敏症とアトピー

3.生活行動面を工夫して化学物質の対策を

化学物質フリーの生活は不可能でも、工夫次第で化学物質による影響を減らすことができます。

温熱療法

汗をかきやすい身体に入浴で化学物質を排泄
化学物質汚染の少ない温泉などによる、ぬるめのお湯への入浴が効果的。
入浴で汗をかくことによって、化学物質が体外へ排出されます。

なぜ温泉がいいの?
一般的に化学物質汚染が少ないことに加え、温泉は化学物質によって乱された自律神経を調整したり、身体の芯からあたためて新陳代謝を高める作用があります。また、皮膚の保湿効果もあるので、化学物質過敏症やアトピー性皮膚炎にも良いでしょう。

栄養療法

無農薬野菜で必要栄養素を取ろう
身体の中に有害な化学物質が入ると、排泄のためビタミンやミネラルなどの必要量が増加します。食品の栄養価は、化学農法より無農薬栽培のものが高く、しかも季節が旬のものに多く含まれています。また、食品添加物のなるべく入っていないものを選びましょう。

ビタミンの取り方

ビタミンC・Eやカロチノイドの多い食事を摂りましょう。身体に入ってきた化学物質(生体異物)の負担が大きいとき、ビタミンCの必要量が増えるといわれています。

ビタミンCは、1日におよそ2gの摂取が望ましいとされますが、サプリメントなどでとる場合、胃を荒らすことや、一度に大量摂取するとすぐに排泄されてしまうことに注意。このため、食事中や食後に摂ることをおすすめします。また、体質によってはサプリメントに入っている添加物に反応する場合もあるので、なるべく無添加のものを選んで。

ビタミンC・Eの豊富な食べ物

ミネラルの対策

亜鉛、マグネシウム、セレニウムなどのミネラルの多い食事を摂りましょう。含有量は野菜の場合、化学農法で作ったものよりも無農薬栽培で作ったものの方が高いことが知られています。マグネシウムは天然塩のにがり成分、精製されていない塩に含まれています。

カルシウムや亜鉛も不足すると神経過敏を招き、肌荒れにつながります。亜鉛はサプリメントなどで単体で摂取すると、他のミネラルの吸収が抑えられることがあるので、気をつけて。
サプリメントでミネラルを取る場合は、総合複合型のものを利用しましょう。

ただし、化学物質過敏症においてサプリメントが有効な人、無効な人、有害になる人がいます。有効な人でも長期間摂取することにより無効になったり、有害になったりすることがあります。ビタミンやミネラルは、基本的には安全性の高い食品から摂取するべきです。

サプリメントはあくまでも対症療法として考えましょう。

適度な運動をして新陳代謝がさかんな体に改善

適度な運動も有効です。ただし体力に合わせて楽しく運動しましょう。テニスやジョギングなど特定の運動にとらわれず、まずは散歩から。運動も温熱療法のひとつで、新陳代謝をさかんにし、汗をかくことで体内の化学物質を排泄するのに役立ちます。

運動で、蓄積していた化学物質が排泄され始めると、一時的に化学物質過敏症の症状が悪化することがありますが、これは一種の離脱症状であり、化学物質に対する過敏症の状況が軽減していく中では必要な経過であるといえます。

規則正しい生活で身体環境の改善

身体は化学物質だけではなく、電磁波などの物理的ストレス、精神的ストレスにも影響されています。

例えばコンピュータ画面からの低周波の電磁波もアレルギーに影響を及ぼします。

モニターはブラウン管より液晶の方が電磁波は少ないですし、携帯電話からは強い電磁波が出ています。携帯電話を使う場合にはイヤホンマイクを使うことをお勧めします。

また、真っ暗なところで早めの睡眠をとることが実は大切。夜の間に、脳の松果体から分泌されるホルモンのメラトニンは、暗くなると盛んになります。メラトニンは毎日の生活のリズムを正しくし、昼の間に身体の傷んだ部分を修復してくれます。メラトニンの分泌を盛んにする深い睡眠をとり、毎日の生活を規則正しくすることが自律神経やアトピー性皮膚炎の回復には欠かせません。

もちろん精神的ストレスをためないよう、気分転換も大切。周囲の人も化学物質過敏症を「気のせい」としてしまうと、患者にとっては厳しい環境になってしまいます。正しい知識を持って、理解してあげましょう。

化学物質除去に有効なのが温泉やぬる湯の入浴です。汗をかくことで化学物質を体外へ排出できます。皮膚の保湿効果はアトピー性皮膚炎にも良いでしょう。

食事にも気をつけましょう。野菜は無農薬栽培のものがお勧めです。化学物質が体内に入るとビタミンCの必要量が増えます。なるべく食事で摂りましょう。ミネラルが必要ですができるだけ食品から摂取するようにしましょう。

適度な運動もお勧めです。汗をかくことで化学物質を排泄できるからです。最初は離脱症状がでるかもしれませんがこれは必要な過程でもあります。

毎日のストレスからの解放も大切です。コンピュータやスマートホンなども遅くまで使わず暗くして寝ることです。規則正しい生活は自律神経やアトピー性皮膚炎の回復には必要です。

医療ナビ 化学物質過敏症とアトピー(前編)

Rating: 評価:5 投票1人

科学物質過敏症とアトピー

宮田幹夫監修:宮田幹夫(みやた みきお)
北里大学名誉教授
日本で化学物質過敏症の研究・臨床にいち早く取り組み、初めて医学的な診断方法を確立するなど、この問題の第一人者。 名古屋市立大学医学部医学研究科修了後、同医学部眼科教室に入局。
その間カリフォルニア大学に留学。 化学物質過敏症やアレルギーの研究を続けている。
著書に「化学物質過敏症」(かもがわ出版/共著)「あなたも化学物質過敏症」(農文協/共著)などがある。

「化学物質過敏症」「シックハウス症候群」という言葉もあるとおり、衣食住の生活環境内の化学物質汚染が身体に及ぼす悪影響が問題になっています。アトピー性皮膚炎とも関係の深い化学物質過敏症について考えてみます。

1.増え続ける化学物質過敏症とアトピー

「さまざまな不快症状にみまわれる化学物質過敏症。その正体はなかなか解明されてきませんでした。最近ではさまざまな症例から、症状や原因について研究されるようになってきています。

化学物質過敏症とは、微量な化学物質に反応して起こる不快症状

新築住居に入居した後やリフォームした後に、のどの痛み、目のチカチカ感、頭痛、気持が悪い、下痢、関節の痛み、疲れやすい、集中力・記憶力が低下、ぜんそくやアトピーがひどくなった、という症状にみまわれることがあります。

この症状は実にさまざまで、化学物質過敏症の一つであるシックハウス症候群ともいわれています。

微量の化学物質で反応した場合には、前述のような諸症状に悩まされる化学物質過敏症となります。また、大量の化学物質を浴びた場合は中毒症状を起します。

化学物質過敏症とは、「かなり大量の化学物質に接触した後、または微量な化学物質に長期に接した後で、非常に微量な化学物質に再接触した場合に出てくる不愉快な症状」です。中毒との違いは、家族全員がかかることが少ないこと、原因となっている住居などを離れても、その後さまざまな微量の化学物質に非常に敏感に反応するようになる点です。

増え続ける化学物質と身体に及ぼす悪影響

化学物質過敏症は、私たちの身近な環境で化学物質が急激に増加し、省エネ対策で高気密になった住宅が普及してから特に問題になってきました。

人類がこれまで開発してきた化学物質は1600万種類にのぼり、毎日2千種類の新しい化学物質が報告され続けているといわれています。

しかし、一つ一つの化学物質の安全性の確認が不充分なまま、環境に満ち溢れている状態。

特に問題なのは、空気汚染。人は1日に15〜20kgもの空気を取り込んでいます。空気中の化学物質は肺から血液に溶け込んで身体中を巡り、各臓器に悪影響を与えます。特に直接脳まで流れ込んで、中枢神経系まで到達するコースもあります。

昨年、建築基準法が改正され、ホルムアルデヒド、クロルピリホス(白アリ駆除剤)の拡散の恐れのある建材は使用が制限されることになりました。しかし、そのための代替物質においては、未だ基準値や安全性は確認できていない状態です。今後さらなる対策が望まれます。

化学物質過敏症の原因は、微量化学物質による体内環境の乱れ

人の身体は過酷な外部環境に抵抗し、身体の内部環境を常に一定に保とうとしています。これを「ホメオスターシス」といいます。その内部環境を維持していく3本柱が、
1.免疫系
2.内分泌(ホルモン)系
3.自律神経系
です。

ところが、この3本柱は非常に繊細で、微量の化学物質に影響され変化することが知られてきました。そして、やっかいなのはこれらの3本柱は互いに連動しており、1本が乱れれば他も乱れてしまうこと。そのため、化学物質過敏症で自律神経系が異常をきたすと、アレルギー症状のアトピー性皮膚炎が引き起こされたり、悪化することがあります。また、アレルギー体質の人は、自律神経が乱れていることが多く、化学物質過敏症が起こりやすくなります。
ホルムアルデヒド、カビ、花粉、電磁波

アトピーと化学物質過敏症、その違いと共通点

化学物質過敏症の場合、特に自律神経系を中心とした不快症状が出現。しかし、原因物質によって必ずしも一定の症状が出現してくるわけではありません。

例えばホルムアルデヒドが原因で現れる症状は、頭痛か、精神症状か、関節痛か、下痢か皮膚炎かは、体質によって変わります。皮膚炎の症状として現れた場合にはアトピー性皮膚炎と診断されるケースもあります。アレルギー症状としてのアトピーなのか、化学物質過敏症としてのアトピーなのかは非常に区別がつきにくい問題ですが、相互に深い関係があることは確かです。

また、同じ化学物質の環境にいても、発症する人としない人がいます。化学物質への感受性、耐久力、適応力の個人差は、個人の生活歴、職業歴、生活態度、遺伝的体質などによってさまざま。精神的なストレッサーも影響を及ぼします。

アトピー性皮膚炎と非常に関係の深いのが化学物質過敏症です。新築やリフォーム後入居後に起こる症状はシックハウス症候群。化学物質が微量の場合は過敏症、大量だと中毒になります。

人間が1日に取り込む空気は15~20kg。空気に含まれる化学物質は肺から血液に溶け込み全身を回り脳にまで到達します。

厳しい外部環境に対して体を一定に保とうとするのがホメオスタシス。免疫系、内分泌系、自律神経系が3本柱です。それが化学物質により異常をきたすとアトピー性皮膚炎が引き起こされたり悪化することがあります。

化学物質過敏症の場合、自律神経系を中心に不快感が現れますが原因物質により一定の症状が出るわけではありません。下痢だったり皮膚炎だったり体質により変わります。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 石田 ゆうすけ

未評価です。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 石田 ゆうすけ

あとぴナビ2010年3月号より
取材・文/平川友紀 、撮影/橋詰芳房

 

自由に、がむしゃらに「挑戦」し続ける人生を送りたい!

 

石田 ゆうすけ
PROFILE
石田 ゆうすけ(いしだ ゆうすけ)
1969年和歌山県白浜町生まれ。7年半に及ぶ自転車世界一周旅行を終え、2002年末に帰国。旅の様子を綴った『行かずに死ねるか!』(実業之日本社/文庫版:幻冬舎)を出版し、作家としての活動をスタート。以後、雑誌の連載や単行本の出版などの文筆活動のほか、「夢」「相互理解」「食」というテーマで講演活動も行なっている。『いちばん危険なトイレといちばんの星空』、『洗面器でヤギごはん』(実業之日本社)等の著作がある。

訪問国数87カ国、走行距離9万5000km、旅行期間7年半。自転車での世界一周旅行を果たし、帰国後は旅行エッセイストとして活躍中の石田ゆうすけさん。世界一周に旅行記の出版、さらには作家になるという夢を着実に実現に向けている石田さんのお話には、充実した人生を送るコツと、夢を叶えるヒントがたくさん隠されていました。

自転車旅行が好きなんです。自力でペダルを漕いで行くっていうのもいいし、風や空気をじかに感じられるのが気持ちよくて」そう話すのは、旅行エッセイストの石田ゆうすけさん。1995年〜2002年にかけて7年半、一度も帰国せずに自転車での世界一周旅行を達成し、旅行中のエピソードや心境の変化を、ストーリー仕立てで書いて話題になった旅の本『行かずに死ねるか!』の著者として知られ、現在はれなかったほどです。絶対に世界一周したいと思う反面、どこかで、自分には無理だと思っていましたね」。
ナッツクラッカー症候群(※注1)という腎臓の病気を抱えていた石田さんには、体調面の不安もありました。しかも、旅の直前にはその病気が再発して血尿が止まらなくなってしまい、ますます不安が募ることに。世界一周したい自分と、本当にできるのかと不安な自分、その間で揺れながらも、いよいよ目標額が貯まったときには「やらないで後悔するのだけは嫌だ」と決心し、辞表を提出しました。そしてその瞬間、石田さんの世界は「パッと変わった」のだそうです。「『ああ、これで俺の人生は決まった』って腹が括れて、そしたら急に自分の前方に道が伸びていきました」会社を辞めて2週間後、両親には旅への熱い想いを込めた手紙を書いて説得し、石田さんは多くの友人に見送られてヒーロー気分で旅立ちました。ところが、飛行機の窓から見えたアラスカの真っ暗で広大な森を目の当たりにして、瞬く間に恐怖と後悔を感じます。なんと、最初の町から出発する決心がつくのに4日もかかったのだとか!「いやぁ、まずいことを始めてしまったと思って、つくづく自分のバカさ加減が嫌になりました(笑)」。
旅立ちの恐怖を振り切って走り始めてか雑誌の連載に本の執筆、講演会と引っ張りだこの忙しい生活を送っています。

世界一周やる? やらない?

小学生のときに、自転車旅行中のサイクリストを見て憧れを抱き、自転車旅行へと出かけるようになった石田さん。大学を1年間休学して日本一周旅行に出かけ、その旅を終えたときには「もっと知らない世界を見たい」「次は世界一周」という思いが、自然と浮かんできました。
とはいっても、すぐに行動に移せたわけではありません。大学卒業後は、世界一周の夢を胸に秘めながらも一旦就職します。就職先は大企業。就業条件も社内の雰囲気も良い、安定した仕事でした。「スーツを脱いで自転車で世界を走るっていうのが、あまりにも遠い世界になっていました。それに…実はものすごく怖がりなんですよ。布団の中で、世界一周に旅立つ自分をリアルに考えると、怖くて眠れなかったほどです。絶対に世界一周したいと思う反面、どこかで、自分には無理だと思っていましたね」。
ナッツクラッカー症候群(※注1)という腎臓の病気を抱えていた石田さんには、体調面の不安もありました。しかも、旅の直前にはその病気が再発して血尿が止まらなくなってしまい、ますます不安が募ることに。世界一周したい自分と、本当にできるのかと不安な自分、その間で揺れながらも、いよいよ目標額が貯まったときには「やらないで後悔するのだけは嫌だ」と決心し、辞表を提出しました。そしてその瞬間、石田さんの世界は「パッと変わった」のだそうです。「『ああ、これで俺の人生は決まった』って腹が括れて、そしたら急に自分の前方に道が伸びていきました」

旅の途中で得た、新たな「夢」

石田 ゆうすけ
会社を辞めて2週間後、両親には旅への熱い想いを込めた手紙を書いて説得し、石田さんは多くの友人に見送られてヒーロー気分で旅立ちました。ところが、飛行機の窓から見えたアラスカの真っ暗で広大な森を目の当たりにして、瞬く間に恐怖と後悔を感じます。なんと、最初の町から出発する決心がつくのに4日もかかったのだとか!「いやぁ、まずいことを始めてしまったと思って、つくづく自分のバカさ加減が嫌になりました(笑)」。旅立ちの恐怖を振り切って走り始めてからは、日常からは想像もできないとてつもないスケールの事件や経験のオンパレード。それはそれは「壮絶な」日々でした(石田さんの世界一周旅行の様子は、『行かずに死ねるか』等の旅行記をぜひご一読ください)。そして長い旅を続けるうち、石田さんの内面に「旅の感動と生きている実感を文章で伝えたい」という欲求が芽生えはじめます。実は中学生の頃から小説を投稿したり、漠然と作家になりたいと思っていましたが、それは叶わない夢だろうと早々に諦めていました。ところが自転車をひたすら漕いでいるうちに、夢を実現させる前から投げ出していた自分に気づき、こう決心します。「もともと自分は文章を書くことが好きなんだから、好きなことを思いっきりやろう!」。それからというもの、旅でみたこと感じたことをひたすらメモに残していきました。そしてロンドン滞在中に、ライター募集をしていた日本語新聞に旅の最中から書き出していた紀行文を持ち込み、みごと採用。石田さんのコラムは新聞の名物コラムとなり、5年間に渡って連載されました。「自信もついたし、いい文章修行になりました。それがあったから、帰ってすぐに出版社廻りができて、なんとか本が出せました。あのコラムがなかったら、今の自分はなかったと思います」。旅が終盤にさしかかった頃、気持ちはすでに「作家になる」という新たな人生の旅に向かおうとしていました。

石田 ゆうすけ 旅行写真

「やるべきか、やめるべきか」なら、やって後悔!

「僕は自由を得たくて旅を始めました。確かに世界旅行は自由な行為だけど、気ままに好きな場所に向かうだけで本当に自由といえるのか? 何か足りないものがあるんじゃないか? と思うようになって。そんなことを考えながら走り続けているうちに、1つの言葉が頭に浮かびました」。石田さんの頭に浮かんだのは「挑戦」という2文字。もちろん、自転車で世界一周することも大きな挑戦です。でもその挑戦に挑み旅を続けるうちに、次の目標が必要であることに石田さんは気づいたのではないでしょうか?
「旅を続けるうちに、自分をとりまく社会との関わりについてもよく考えるようになりました。そして、本当の自由を得るためには、社会との関わりも含めて何かに向かって『挑戦』することが必要じゃないか、そして自分の挑戦は、それを文章で表現していくことではないかと。
そう思ったら急に胸が熱くなって、走るペースも上がって、宿では小説も書くようになりました。漠然と考えてるだけじゃ実現しないと思ったので、帰ったら半年以内に本を出すという計画も立てました。韓国から下関に着いて、家に帰る途中に大阪でパソコンを買って、旅が終わった次の日にはもう文章を書き始めたんです」7年半にも渡る長い旅が終わったら、少しは放心状態になってもいいようなもの。「帰る頃には頭の中がそれ一色で、惚けるヒマがありませんでした」と笑います。「『やるべきか、やめるべきか』。旅の始まりから終わりまで、何度もこんな決断を迫られる場面がありました。そして、やめて後悔するのなら、やって後悔するほうを選ぶようにしてきました。そのほうが後悔が少ないし、そもそも後悔の質が違います。だから『作家になる』という新たな夢に気づいたときも、すぐに行動に移せたのかもしれません。
『作家』というのは、今の僕にとっては話にならないくらいおこがましい言葉。これからは、世界旅行以上に困難な旅が始まりますが、精進して執筆活動を続けていきたいですね」。
旅を続けるうちに、腎臓の病気もいつの間にか治っていたという石田さん。そのバイタリティーと熱意の秘訣を尋ねると、こんな返事が返ってきました。
「一番大事にしているのは、イメージすることの力。自分が夢を叶えられたのは、夢を実現するイメージを抱き続けて、具体化するためにがむしゃらになれたから。自分が熱中できる何かを見つけることで、今までの自分を変えるきっかけをつかむことができます。そうすれば、病気のほうから逃げていってしまいますよ(笑)」。

医療ナビ 自律神経とアトピー(後編)

未評価です。

自律神経とアトピー

河野友信(かわの とものぶ)
監修:河野友信(かわの とものぶ)
(東洋英和女学院大学人間科学部教授)
医療法人財団 健生会クリニック院長
1937年生まれ。65年熊本大学医学部卒業。九州大学大学院(心療内科)を修了後、文部教官を経て都立駒込病院心身医療科で診療に従事。同病院を退職後、現職。
同時に、健生会クリニック心療内科などで診療に当たるかたわら、財団法人PHRストレス科学研究所副所長を兼任している。NHK「今日の健康」でもおなじみ。
著書に「自律神経失調症を治す本」(ナツメ社)などがある。

5.自律神経とアトピーの関係

適応しきれないほどの強いストレスは自律神経を乱しますが、強いストレスを感じた後で、アトピーの症状が悪化したという経験はありませんか? 自律神経系とアトピーにはどんな関係があるのでしょうか?

自律神経が乱れるとアトピー症状が悪化するのはなぜ?

これまでで説明してきたように、社会・心理的ストレスや気候の変化による物理的ストレス、乱れた生活習慣などのさまざまな負荷が自律神経系を乱す原因となります。これらの負荷が強すぎたり、持続期間が長かったりして、適応の限度を超えると自律神経機能は乱れてしまいます。

人間の体を機能させている基本的要素である「自律神経系」と「免疫系」と「内分泌系」は密接に関係し合っています。自律神経には免疫系をコントロールする働きもありますから、自律神経の乱れは、免疫機能にも乱れを起こさせる原因となります。また、ホルモンを分泌する脳下垂体と自律神経をつかさどる視床下部は、密接に関係していますから、自律神経の乱れは内分泌系にも大きな影響を与えます。

内分泌系が乱れることにより、皮膚の炎症やストレスに対抗するための副腎皮質ホルモンの分泌に影響すると、皮膚の炎症がなかなかひかない原因になることもあります。

ですから、自律神経を整えることによってアトピー性皮膚炎の症状が改善したという報告や、ストレスによってアトピーが悪化したという報告が、臨床の現場からは多数報告されています。自律神経系を乱さない生活が、アトピー性皮膚炎の治療には大切なのです。

生活習慣の改善が自律神経失調改善のポイント

では、自律神経失調症を改善するためにはどうしたらいいでしょうか。乱れた自律神経を改善するためには、その原因を探ることが必要(自己診断チャートで確認してみるのも一つの方法です)。原因は人により千差万別、特定することは難しいのですが、精神的、肉体的な負荷が複合していることが多いのです。それらの負荷を軽減すること、そのためには生活習慣の歪みを見直し、改善することが大切です。

病気から回復するためには、生活の健全化が大切であることは、誰もがわかっていることです。ところが、わかっていてもできない人、または仕事などに追われてそれができない人が非常に多いのです。

精神的ストレスと上手に付き合う

生きていく上で、精神的ストレスをなくすことはできません。また、適度な緊張感は、集中力や充実感を与えてくれますし、免疫機能にとっても有効だとわかっています。しかし、これも度を過ぎると自律神経系を乱す原因に。ストレスの感じ方には、個人差があります。完璧主義のために、自分自身でストレスの原因を作ってしまう人、人付き合いが苦手な人、他人の評価をついつい気にしてしまう人は、ストレスをためやすいので特に注意しましょう。意識的に気分転換して、心と体をリラックスさせることが大切です。

ストレスが強すぎたり長期間にわたると適応の限度を超え、自律神経が乱れる原因となります。
自律神経と免疫系、内分泌系は密接に関係し、自律神経が乱れるとこれら2つの機能に影響を与えてしまうからです。

内分泌系が乱れ副腎皮質ホルモンに影響があると皮膚の炎症が引かなかったりします。自律神経を整えることでアトピー性皮膚炎が改善したという例もあります。

そのためにも精神的、肉体的な負荷があれば見直し生活習慣を改善することが大事です。特にストレスを貯めやすい人は自分をリラックスさせるよう意識的に気分転換などを図るようにしましょう。

自律神経失調症と思ったらまず内科に。症状が重なっている場合は心療内科がいいでしょう。

医療ナビ 自律神経とアトピー(前編2)

未評価です。

自律神経とアトピー

河野友信(かわの とものぶ)
監修:河野友信(かわの とものぶ)
(東洋英和女学院大学人間科学部教授)
医療法人財団 健生会クリニック院長
1937年生まれ。65年熊本大学医学部卒業。九州大学大学院(心療内科)を修了後、文部教官を経て都立駒込病院心身医療科で診療に従事。同病院を退職後、現職。
同時に、健生会クリニック心療内科などで診療に当たるかたわら、財団法人PHRストレス科学研究所副所長を兼任している。NHK「今日の健康」でもおなじみ。
著書に「自律神経失調症を治す本」(ナツメ社)などがある。

3.交感神経と副交感神経のバランスが大切

交感神経と副交感神経は、ひとつの器官に対して相反する作用をもたらします。たとえば激しい運動をすると、交感神経が作用して心臓が激しく鼓動。しかし、そのままの状態ではいられないので、ある時点で副交感神経が作用、鼓動を抑えます。こうした作用は体中の器官で行われています。交感神経と副交感神経のバランスを適切に保つことは心と体の健康には不可欠なのです。

精神的変化と自律神経

交感神経とは?

交感神経は「活動する神経」とも呼ばれ、エネルギー消費的な働きをします。仕事やスポーツなどをするときに、精神活動を活発にしたり、心臓の鼓動や血圧を高めるのは交感神経の働き。また、感情の変化にも対応しており、驚きや怒りなどを感じて、心臓が高鳴ったり、青ざめたり、震えたりするときに働きます。

副交感神経とは?

副交感神経は「休む神経」とも呼ばれ、体のエネルギーを保存し、回復させる働きがあります。肝臓や消化器官の働きを活発にし、エネルギーを吸収する時や睡眠、休息をとる時などに優位に働きます。感情的には、緊張から解放されリラックスした気分になるときに働きます。

交感神経過剰刺激の弊害

自律神経の生体リズムからすると、昼間は交感神経が働き、夜になると休息のために副交感神経が働くのが正常な状態。現代生活は交感神経刺激型であるとも言えます。残業や受験勉強、ゲームやパソコン作業などで、体の要求を無視して休まず活動したり、継続される人工的な刺激を受けていると、常に交感神経に緊張を強いる状態となり、二つの神経の切り替えが正常に作用できなくなることがあります。睡眠リズムが不規則になったり、体温や食欲の調整ができなくなり、体の冷えやほてり、過食や拒食という状態になることもあります。

体の各器官での交感神経・副交感神経の働き方

  器官 交感神経(優位) 副交感神経(優位)
  瞳孔 拡大させる 縮小させる
  唾液腺 量が少なく、濃くなる 量が多く、薄くなる
  気管支 抑制する 収縮する
  心筋 収縮する 弛緩する
  心拍数 増加する 減少する
  血圧 上昇する 下降する
  胃腸の働き 抑制する 促進する
  膀胱 弛緩(閉尿)する 収縮(排尿)する
  白血球数 増加する 減少する
  呼吸運動 促進する 抑制する

自律神経には交感神経、副交感神経という二つがバランスよく働いています。
 

交感神経は活動時に作用します。運動をするときに心臓の鼓動や血圧を高める働きなどをします。副交感神経は逆に休息しているときに働きます。

通常昼間は交感神経、夜は副交感神経が働きます。ところが残業、パソコン作業、ゲームなどで遅くまで刺激を受け続けると二つの神経の切替がうまくいかなくなり、さまざまな不調がおきてしまます。

表にあるように体の各器官が交感神経、副交感神経どちらが優位かで働きが逆になるのがわかります。

医療ナビ 自律神経とアトピー(前編1)

未評価です。

自律神経とアトピー

河野友信(かわの とものぶ)
監修:河野友信(かわの とものぶ)
(東洋英和女学院大学人間科学部教授)
医療法人財団 健生会クリニック院長
1937年生まれ。65年熊本大学医学部卒業。九州大学大学院(心療内科)を修了後、文部教官を経て都立駒込病院心身医療科で診療に従事。同病院を退職後、現職。
同時に、健生会クリニック心療内科などで診療に当たるかたわら、財団法人PHRストレス科学研究所副所長を兼任している。NHK「今日の健康」でもおなじみ。
著書に「自律神経失調症を治す本」(ナツメ社)などがある。

アトピー性皮膚炎の人の大半に自律神経系の乱れが原因と思われる症状が確認できるというデータがあることをご存知ですか?自律神経系は人間の免疫系やホルモンなどの内分泌系と大きく関わっています。自律神経の乱れを整えてアトピーの治療に役立てましょう。

1.自律神経って何?

自律神経失調症という病名を聞いたことがあっても、自律神経そのものがどんな神経なのか、理解している人は少ないのではないでしょうか。人間が生きること全般を自動的にコントロールしている自律神経の働きを知ることはとても大切です。

自律神経ってどんな神経?

神経は、体のいたるところに網の目のように張り巡らされています。そして、この神経を伝わって、脳から出された命令や情報が体の各器官や末端組織に届きます。また、体のさまざまな場所の情報を脳に伝えるのも神経の役割です。

このように大切な役割を担っている神経系は大きく二つに分類されます(左図)。

一つは「体性神経」で、もう一つは「自律神経」です。体性神経は、自分の意志で体を動かすための神経。運動神経と知覚神経の二つがあります。自律神経は、必要に応じて意識しなくても働きます。眠っていても心臓が動き、気温が高くなると自然と汗が出たりするのは、自律神経の働きです。

自律神経には、交感神経と副交感神経の二つがあり、互いにバランスを保ちながら、体温調節、呼吸、代謝など生きるための機能を自動的にコントロールする生命維持装置のような働きをしています。

外的環境に適応するためのシステム

heh1_9_3[1]生命を維持していくためには、常に変化している外的環境に、適応していくことが不可欠です。たとえば、気温が上がっても体温を一定に保ったり、心臓の鼓動を早めたり遅めたりして血液の流れを調整する。そんな役割を果たしているのが「自律神経系」です。

この自律神経系と、ホルモンの分泌を司る「内分泌系」、それに抗原抗体反応に代表される「免疫系」。外的環境の変化に適応するためには、これらがバランスよく機能している必要があります。
この中でも、自律神経系の役割はとくに重要。自律神経系は、ホルモンの分泌と密接な関係にあるだけでなく、免疫の調整にも大きな影響を及ぼしているからです。その意味では、自律神経系の健全度がその人の「環境適応能力」の高さを示すともいえます。

アトピー性皮膚炎に自律神経の乱れが関係しています。自律神経が何なのかを理解してアトピー性皮膚炎の回復に努めましょう。

体の動きをつかさどる神経にはさまざまなものがありますが、自律神経は意識しなくても必要に応じて働くものです。

外的環境の変化に応じて対応するのが自律神経なのでバランスよく機能していることは体の維持にとても重要なことです。

そういう点では自律神経の働きが健全な人は環境適応能力が高いと言えるでしょう。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 国枝 慎吾

未評価です。

あとぴナビ/スペシャルインタビュー 国枝 慎吾

あとぴナビ2009年11月号より
取材・文/大石久恵 、撮影/橋詰芳房

車いすテニスを多くの人に知ってもらうために勝ち続けることが目標です

国枝 慎吾
PROFILE
国枝 慎吾(くにえ しんご)
2007年、車いすテニスの選手権で世界最高峰とされる全豪、全英、全米、ジャパンオープンの4大会を1年間ですべて優勝する「年間グランドスラム」を達成した国枝慎吾選手。2004年のアテネパラリンピックではダブルスで金、2008年の北京パラリンピックではシングルスで金メダルを獲得。今年4月に日本初のプロに転向した国枝選手に、車いすテニスに対する熱い思いとともに、「決してあきらめない!」という信念について語ってもらいました。


1984年生まれ。9歳のとき脊髄腫瘍により車いすでの生活に。11歳より(財)吉田記念テニス研修センターにて車いすテニスを始める。17歳で現コーチの丸山弘道コーチの指導を受け始め、本格的な海外ツアーを開始。2004年アテネパラリンピック金メダル(ダブルス)、2007年史上初のグランドスラム(4大大会制覇)達成、2008年北京パラリンピック金メダル(シングル)など今年に入っても快進撃は続き、9月には全米オープン連覇達成。向かうところ敵なしの活躍を続ける。2009年4月プロ選手に転向。現在、車いすテニス世界ランキング1位。

コート内を縦横無尽に走り回るチェアワークで、ラリーが続くと観衆も手に汗を握る、スリリングな試合が展開される車いすテニス。アテネに続いて、昨年の北京パラリンピックでも金メダルを獲得した国枝選手は、現在世界ランキング第1位です。自他ともに認める負けず嫌いで、どんな場面でも決してあきらめない強靭な精神力が強さの秘密。「ぼくは子ども時代からずっと負けず嫌いで(笑)。世界を目指す人たちは誰もが負けず嫌いですが、その中でもさらに負けず嫌いじゃないと勝てないんですよ」。

手術と闘病を経て車いすテニスと出会う

国枝選手が車いす生活となったのは、小学4年生のときに脊髄腫瘍の摘出手術を受けてから。
「『体育や野球ができなくなっちゃうな』と思ったけれど、車いすになったからと落ち込んだり、自分の将来を悲観することはなかったです。これは友だちに恵まれたおかげですね。放課後は友だちと遊び、『毎日が楽しくて仕方がない!』という生活を送っていましたから」。
明るい性格で、クラスで目立つことが大好きだった国枝少年は、突然の車いす生活をマイナスにとらえることもなく、活発で屈託のない少年時代を過ごしていました。今では脊髄腫瘍の予後の心配もなく健康な国枝選手ですが、少年時代の話に続けて「人生は何が起こるかわからないですから、『毎日を悔いなく生きていこう』と思っています」と付け加えます。
というのも、「あのときの病気は実はがんだった」と、中学3年のときにご両親から聞かされ、「自分は今生きていて幸せだ」と、心から思ったからです。
すでに車いすテニスの楽しさに目覚めていたこともあり、「与えられた命なんだ。どんなときもあきらめずに生きていこう」と考えるようになりました。
国枝選手が車いすテニスを始めたのは、地元のテニススクールで車いすテニスができるのを知ったのがきっかけでした。「母にすすめられたものの、最初はあまり乗り気じゃなくて…。でも、ラリーが続くのを見た瞬間、『自分もやってみたい!』と、胸が躍りました。やってみたら想像以上に楽しくて、徐々にはまっていきました」。初めて負ける悔しさを味わったのは、車いすテニスを始めて1年目の中学1年生のときでした。
「1回戦で負けたのが悔しくて、そのときから練習に対する取り組み方が変わりました。でも、負けはしたけれど、『試合って面白いな!』と目覚めた瞬間です。ぼくは、根っから『勝負することが好き』なんでしょうね」。
初めての試合で感じたゾクゾクするような緊張感と高揚感は、試合のたびに今も変わらずに感じているそう。「『緊張感に勝つ』ことは自分に勝つことでもあり、達成感が得られる瞬間なんです」。

徹底した練習を重ね、あきらめない心を持つことが大事

負けず嫌いで努力家の国枝選手の強さの源は、「その日その日の目的をしっかりと持った日々の練習」にあります。「練習というのは時間より質が重要なので、『自分は今100%集中しているか?』と、常に自分に問いかけながら練習しています」。
一つの技を体に覚え込ませるためには、3万回の練習が必要だといいます。「やはり毎日の練習は自分を支えてくれる糧ですね。あれだけ頑張って練習してきたじゃないか!絶対に勝つ!と、自分を信じることが武器になります」。

ときには苦しい試合になることもありますが、そんなときに気持ちを仕切り直す必殺アイテムが、ラケットに貼り付けた「オレは最強だ!」という言葉。
「連続ポイントを取られると不安になりますが、『オレは最強だ!』の文字を見ると〈自信を持っている自分〉になれる。メンタルトレーニングを積むことによって、気持ちの切り替えができるようになりました」。
どんなに苦しい場面があったとしても「北京のパラリンピックを乗り越えるときのほうが苦しかった」という国枝選手。「壁にぶち当たったり、一進一退を繰り返したときも『絶対に乗り越えられる!』と自分を信じれば、いい方向に行けると思うんです。気持ちのうえでダメだと思ってしまうと結果にも影響するので、いい方向に進んでいくためにも、〈プラスのイメージ〉を積み重ねることを大切にしています」。
そのプラスのイメージを育てる役割を果たしているのが、練習の反省点やチェックポイントを記録したテニス日記です。「気づいたことを書きとめると、自分が今何をすべきかが見えてきて、自分自身と対話しながら練習することができます。それに試合前に読み返すと、自分なりに成長していることが実感できるんですよ」。自分はこうして一つ一つ乗り越えてきた!と実感することも、「オレは最強だ!」という自信につながっているのです。

車いすテニスを 多くの人に知ってほしい

今年4月に日本で初のプロ車いすテニスプレイヤーに転向。それまでは大学職員としての収入が保証されていましたが、大学をやめた今では賞金やスポンサー契約を主な収入源とする生活となりました。試合の結果がすべてである、厳しいプロの世界に身を置くとことをあえて選んだのです。
「気持ち的に以前と違うのは、試合で〈勝つこと〉への執念ですね。『自分は勝ちへの執念が世界で一番強い』と思っていましたが、もっと強くなりました(笑)。プロとして自立するには自分を追い込んでいかないといけないし、今は勝ちに対する執念がプラスに作用していると思います」。
国枝選手がプロ転向を決意した理由には「車いすテニスを多くの人に知ってもらい、普及させたい」という願いもあります。「そのために、今の自分に必要なのは勝ち続けること。勝ち続けることで車いすテニスを知ってもらうチャンスが増えるし、『自分も大会に出場して、大観衆の前でプレイしたい!』と、車いすテニスを志す人たちが増えてくれれば。そういう環境を作っていけたらなあと思っています」。
車いすテニスが普及して選手が増えれば、さらにいい試合が増え、それもまた車いすテニスを広めることにつながると考えているのです。
「ぼくが試合中に『幸せだなあ』と実感するのは、観客のみなさんから声援をもらったとき。自分のプレイの一つ一つに歓声が起きると力がわいてきて、選手にとってこんなに気持ちよいことはないですよ。『よし、もっといいプレイをしよう!』と励まされます。
今後はプロとして1年1年の成績を残すことも求められるので、グランドスラムで勝ちながら、なおかつロンドンのパラリンピックで金メダルをとるのが目標です。常に前向きに進んでいきたいですね」。